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第60話

風見くんの数歩後ろを歩きながらついて行く。二人分の廊下を打つ上靴の音だけが響く。無言の空間が凄く気まずくて窓から見える空をそっと横目で見ながら進んでいると不意に音が消えた。不思議に思って前を向こうとしたら目の前にあるのは広い背中で、ぶつかると気づいた時には遅かった。 「わっ」 打った鼻を右手で抑えながら反動でよろけた身体は目の前の風見くんに左腕を引かれて倒れることはなかった。不可抗力で振った左手首が痛くて自然と眉が寄るのが分かった。 「いっ…、…」 「悪ぃ、強く引きすぎたか?」 「う、ううん。大丈夫、そこじゃないから」 言ってから失言だったと思っても遅くて、風見くんに訝しげに顔をひそめられた。それに苦笑で返すと支えられていた左腕を彼の右手がするりと滑る。左手首で止まった彼の大きな手が軽くそこを握った。 たったそれだけなのに、風見くんの長い指に絡め取られてるとか、しみる鈍い痛みに脳内がぐちゃぐちゃになる。 「藤、」 「風見くん!あの、急がないと遅刻しちゃうから……ね?」 「……ああ、そうだな」 口を開いて何か言おうとした風見くんの言葉を遮って、僕は無理矢理話を変えたのだった。

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