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第8話 閉塞感
×××
早朝──珍しく、まだ世間が寝静まっている時間帯に目が覚めた。
辺りはまだ暗くて、身体が闇に溶け込んでいるかのよう。
凌と出会ったのは、ほんの小さな変化だったのかもしれない。けど、僕にとっては大きな出来事のように思う。
ハルオの監視するような束縛を受け続ける毎日に、僕の心は確実に疲弊していたから。
「……」
少し前に起きた──集団レイプ。
ハイジの安否も解らないまま、太一らに良いようにされて。身も心も、傷付けられて。
ギリギリの精神状態を、辛うじて保っているのに。
──あの夜。
ボロボロになって帰ってきた僕に、ハルオは何も聞かなかった。
だから僕も、敢えて話してはいない。
多分ハルオは、ハイジが犯人だと思い込んでる。
以前、ハイジに酷い事をされたから逃げてきたんじゃないか、と疑っていたから。
だから、身元の割れてる学校には行かせたくなかったんだろう。
それを優しさだという人もいるかもしれない。……けど、僕はそう思わない。
「……」
ハルオに見つめられる度に、息が詰まる。
ハルオの行動や言葉の一つ一つが、僕の心を縛り付け、重くのし掛かっていく。
まるで、僕を雁字搦めにする──鎖のように。
闇が浅くなってきた頃。
のそりと起き上がり、ベッドから下りる。
ショルダーバッグから私服を取り出し、薄ぼんやりと光るカーテンの近くで着替える。
ハンガーに掛かったパーカーを羽織り、マフラーをして部屋をそっと出れば、ハルオはまだソファで眠っていた。
靴を履き、音を立てないようそっと玄関のドアを閉める。
ひんやりとした、新鮮な空気。微かに風が吹き、晒された頬や指先から容赦なく熱を奪っていく。広げた手のひらに息を吐きかけながら、夜明け前の町を歩く。
──ハイジ……
肩まで長い白金の髪を後ろでひとつに縛り、フード付きの白パーカーの肩を落として、校門の壁に背を預けるようにして立っていたハイジ。僕に気付いた途端、やんちゃな笑顔を向ける姿がふっと思い出される。
ハイジの言っていた危険な仕事が、一体何なのか……解らない。
もし何処かで生きているなら、会いたい。
ハイジに抱き締められたい。
ハイジの匂いに包まれて、温もりを感じていたい。
身体深部に残る、ハイジとの交接の記憶──僕を壊れ物のように扱い、優しく抱いてくれたあの感覚が、ふと蘇る。
……ねぇ、ハイジ。
早く、迎えに来て……
顎先を天に向け、はぁ…、と息を吐く。
綺麗な朝焼けが東の空を明るくする一方で、反対の空にはまだ深い闇の世界が広がっている。
「……」
もし僕が、日常を取り戻してしまったら。
この闇との狭間は消え……もう二度と、ハイジに会えなくなってしまうような気がした。
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