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第26話

──電話! その紙を拾い、生徒手帳を握り締めたまま辺りを見回す。 電話がある場所と言えば──職員室か事務室。 少しだけ迷って、玄関口まで急いで戻る。逸る気持ちを抑え、事務室の窓口を叩けば、女性の事務員がのんびりした様子で顔を出す。 「どうしました?」 「……あの。忘れ物をしたので、電話を借りてもいいですか……?」 一瞬驚いた表情を見せたその女性が、事務室の中へと招き入れる。   「……手短に、お願いね」 事務机に置かれた事務用電話機。 少し離れた場所で、黙々と作業を再開する事務員。 受話器を耳に当て、外線ボタンを押し、メモ用紙に書かれた番号を打ち込む。 プルルルル……、プルルルル…… 耳元で繰り返されるコール音。 その回数が重なる度、緊張から心臓の鼓動が激しくなっていく。 『……もしもし』 鼓膜を震わせたのは──警戒するような低い声色。記憶していたものとは違っていた。 『もしもし。……お前、誰や』 「……凌、さん……?」 怖ず怖ずと、確認してみる。 ……もしかして……掛け間違えた……? 受話器を握る手が震え、不安が募る。 「あの、……さくらです」 『さくらぁ?!』 覚えがないんだろう。電話越しから聞こえる声は、何処か訝しげで。僕の存在全てを否定されているようにも感じられて、一瞬怯む。 「……はい。ハルオの所に、居候させて貰ってる……」 ……仕方、ないよね。 一度会っただけの、通りすがり程度の間柄なんだから…… 『──おぉ、さくらちゃんかぁっ、!』 突然変わる、声のトーン。 『どないしたん? 俺の声、聞きとうなったんか?』 警戒心が簡単に取っ払われ、人懐っこい砕けた口調。 「……」 ただ、それだけで。胸のつかえが取れて……涙が零れ落ちそうになる。 ずっと、苦しくて。 ……苦しくて、苦しくて。 頼れる人なんて、もうこの世にはいないと思ってたから…… 「………はい」 受話器を持つ手が、声が……震える。 でも──凌は、ハルオの友人だ。 こんな事を頼んだら、嫌な顔をするかもしれない。 ふと思い出した事実に不安が襲い、キュッと喉が詰まる。 それでも。藁をも掴む思いで、喉奥から言葉を絞り出す。 「……助けて、下さい……」 根拠なんて、ない。 理由を幾ら探しても、あの時の優しい手しか思い当たらないけれど…… 凌さんなら、僕を救ってくれるかもしれない──そう、心の何処かで信じている自分がいた。

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