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第40話
柔らかな熱が唇に触れ、舌先がその門戸を叩く。
「……」
それでも。
頑なに口を閉ざしていれば、僕の横髪を撫でたハルオがそっと唇を離す。
「……ごめん。昨日は無理させちゃったよね」
捕獲した獲物を堪能した喜びが大きいのか。拒絶したにも関わらず、ハルオは余裕気な表情で微笑んでいた。
「身体の方は、大丈夫?」
「……」
「このままゆっくり寝ていなよ。……今日は、俺が朝食を用意するから」
*
じゅうじゅうと、何かを炒める音が遠くで聞こえる。
罪滅ぼしのつもりだろうか。
何れにしても、ハルオがした事は許せないし、許すつもりも毛頭ない。
重く怠い身体。
無理矢理こじ開けられた後孔と、強く噛まれた首根が痛い。肌に張り付いた汁が乾き、パリパリとしていて気持ち悪い。
腹の奥に、まだハルオの精子が溜まっているような気がする。
「……」
凌の言う通りだった。
いつ襲われるか解らない状況だったのに、考えが甘かった。危うさならこれまで何度かあったけど、その都度回避できていたから、一日ぐらい平気だと思ってしまっていた。
ハルオの束縛が強くなったのは、パソコンの動画を観たあの日、暗くなった部屋の中で脅えていた僕を見たからじゃない。パソコンの横に置かれたメモ用紙の異変に気付き、浮き出た見知らぬ番号から、僕が誰かと通じていると悟ったからだ。
僕から潮の匂いがした昨日の帰り。ゲーセンに立ち寄ったり外食したりして、優しく接してきたのは……僕を安心させて、無事にアパートへ連れ帰りたかったから──
「……さくら」
ハッと我に返ると、半分程開いた引き戸からハルオが姿を現す。
「ごめん。今日一日、二人でゆっくりとしていたかったんだけど、シフトを代われる人が見つからなくて」
「……」
「これからバイトに行ってくるけど、一人で、大丈夫かい?」
そう言いながら此方に近付き、ベッド端に腰を下ろす。
「朝食はテーブルに置いてあるから、好きな時に食べて」
「……」
「学校は、欠席にするよ」
学校……
──そうだ、学校──!
じっとハルオを見上げていれば、クスッと微笑んだハルオが優しく僕の横髪に触れる。
「……大好きだよ。俺のさくら」
スル、
その指先が頬を撫でながら滑り下り、首根にある噛み痕を愛おしげに触れた。
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