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第17話

宝石箱をひっくり返したよう、とはよく言ったもので。 ガラス張りの向こう──直ぐ足下に見える街路樹には、青と白が入り混じったLEDのイルミネーションが上品に輝き、遠く郊外へと連なる車のヘッドライトや赤色のテールランプが、不規則に光って見える。 これらを美しいだとか綺麗だとか感じて、人々を魅了するのは……本能的に闇が怖いからだろうか。 「……」 こういう景色なら、今までハイジと一緒に見てきた。 夜の繁華街をバイクで走り抜け、やっと見つけた格安ホテルの窓から、二人並んで眺めたのを覚えてる。 身体を重ねた温もりなら、今でも思い出せるのに。 何でだろう……思い出されるのは、竜一の事ばかり── 『この数ヶ月で、俺を忘れたとは言わせねぇぞ──工藤さくら』 『俺の留守中、他の男を咥え込みやがって……』 『……俺は、アゲハが嫌いだ』 ハロウィンの夜──集団レイプに遭い、繁華街の隅に捨てられた僕を見つけ出し、掬い上げてくれた竜一。 だけど、思わせぶりな態度や台詞を吐いておきながら、僕を簡単に手放した。 結局僕は──アゲハの身代わりにされただけ…… そう割り切れたら、どんなに楽だろう。 早く、忘れたい。 だけど。一度でも知ってしまった心地良い温もりや、力強い竜一の心音、心と心が触れ合ってひとつになっていく感覚は……もう、僕の細胞ひとつひとつに刻み込まれてしまっていて……忘れられそうにない。 「……」 そっと視線だけを動かして、空に向ける。 竜一の心は、まるでこの繁華街に浮かぶ夜空の星のよう。 眩い輝きに阻まれ、何処までも深い闇の向こうへと潜り込んでしまっていて。……全然、見えない。 * 「……きみ、一人?」 外を眺めていると、ガラスに薄らと映る僕の顔の隣に、小さな顔がぼんやりと映る。 驚いて振り返れば、シャンパングラスを片手に僕に微笑みかける、華やかな雰囲気の男性が立っていた。 「初めまして、だよね?」 色気のある二重のつり目。宝石のように輝く瞳。その目尻にあるセクシー黒子。スッと通った鼻筋。形の良い唇。白い歯。 それは、芸能界に疎い僕でも知ってる──人気俳優の、樫井秀孝。 「……」 キラキラと煌めく芸能人オーラを纏いながら、熟れた果実のような甘い匂いを辺りに漂わせ……驚く僕の鼻腔を柔らかく擽る。

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