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第34話

「……でも、実際には……肉眼で見えないですよね」 ぼそっ、と唇から本音を漏らす。 街灯りの少ない場所から見上げても、こんなに沢山の星なんて見た事がない。 望遠鏡でも使わない限り、光の弱い小さな星なんて……見える筈がない。 「いいや。そんな事はないよ」 その言葉を、しなやかな力強い声で打ち消される。 「ずっと昔……まだ僕が小さかった頃にね。父の船に乗って、大海原に出た事があるんだよ。当たり前だけど、夜は街のような灯りも無くて。辺りは本当に真っ暗闇で、怖かったのを覚えてる。 でも。その中で見上げた空は、驚く程沢山の星が煌めいていて。 ……綺麗だったな。吸い込まれるような、迫ってくるような。そんな星空だったんだ……」 「……」 その声は、優しくて。 僕の頭の中に、見たことのない無数の星空が広がる。 「人々の文明が栄えて、街にはネオンで溢れて。見えにくくなってしまったけど。星はずっと、変わらずそこにあるんだよ」 「……」 そんなの、知ってるよ。 チラリと横目で見れば、その視線に気付いた先生が目を細める。 「それは何も、星に限った話じゃない。……工藤くん、目に見えるものが全てじゃないんだよ」 パチン 言い終わると共に、照明が付けられる。 それまで見えていた沢山の光が一瞬で消え、もう見えない。 「……」 それは、どういう意味ですか…… 先生の意味深な言葉に不安を覚え、視線でその疑問をぶつける。 「目に見える側面(もの)……つまり、固執した考えにばかりに囚われていると、物事の大切な本質を見失ってしまう」 「……」 「もし君が今、辛く苦しい暗闇の真っ只中にいるのなら、目を背けないで欲しい。……きっと、今まで見えなかったものが見えてくる筈だよ」 「……」 今まで、見えなかったもの…… その刹那、ビー玉のような冷たい眼を向ける竜一の姿が脳裏に浮かぶ。 「……って。余計なお節介だったかな?」 そう言って眼鏡の奥に潜む目を細め、砕けたような笑みを溢す。 「今、君が何に悩んでいるかは解らないけど。そんなに悲観しないで欲しい」 「……」 何故だか解らない。 ふわりとした先生の雰囲気に触れている内に……ずっと抱えていた不安のようなものが、少しだけ和らいだような気がした。 寄り道をした帰りに、夜空を見上げる。 街灯のせいで薄らと白い膜のようなものが張られたそこには、やはり星は殆ど見えない。 『またおいで』──教室を出る時、先生はそう言ってくれた。 妖しげに光る街の頭上にも、煌びやかな星々は変わらずそこにある。 例え僕がどんなに汚れた姿になろうとも。先生は変わらず、僕に優しく微笑んでくれるんだろうな……なんて、思ってしまった。

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