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第35話 *

××× アパートに戻る。……と、玄関ドアの前に、黒スーツ姿の男性が立っていた。 「……」 遠くからでも解る。後ろに流した黒髪に、妙に背筋の良いその人物は──水神シンだ。 怯まずアパートの階段を上ると、その足音に気付いた水神が振り向く。 「もう、体調は良さそうですね」 「……」 僕だと解った途端、唇の両端を綺麗に持ち上げ、身体を此方に向き直す。 「この間のパーティですが、約束通り出席されましたか?」 インテリ眼鏡の奥に潜む、鋭い眼。まるで僕を試すかのように、冷ややかに見据えられる。 「……はい」 「嘘、付かないで頂きたいですね。 ものの数分会場に居ただけでは、出席したとは言えませんよ」 「……」 ピシャリと、上から言い放たれる。 それに負けじと目を逸らさず、じっと水神を睨み返す。 「……まぁ、いいです。 貴方も被害に遭われた様なので、特別に見逃してあげましょう」 「……」 「もう一度、チャンスを差し上げます」 そう言うと、此方に近付きながら、水神が内ポケットから何やら取り出す。 「森崎さんから今夜、ここに来るようにと(ことづ)かっています」 「……」 長方形の小さな紙──それは、森崎の名刺だった。裏返して差し出されたそこには、行き先のビル名と階、そして簡単な手書きの地図が書かれていた。 「愛沢さんから事件の概要をお聞きし、解決を依頼されています。相手方の樫井とは、先程連絡が取れましたのでご安心を」 「……」 「貴方はくれぐれも、逃げる事などないよう……お願いしますよ」 流暢に垂れ流される言葉の端々に、悪意めいたものを感じる。 そんなに恥を掻かされたのが嫌だったのだろうか。それとも、僕自身を最初から疑って── 「……」 そんなの、どうでもいい。 少なくとも、パーティー自体はまともそうだったし、会場での森崎は、少し常識のズレはあったものの、僕を貶めようとする悪意は感じられなかった。 「わかりました」 その名刺を受け取る。 もし、待ち構えていた森崎に嫌がらせをされたら、全てを凌に打ち明ければいい。 「……」 そう決意した僕の横を、水神が通り過ぎる。チラリと横目で僕を見た後、不敵な笑みを浮かべながら。

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