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第36話
入り組んだ裏路地に佇む、古びた雑居ビル。アパートから歩いて5分程度の距離なのに……何で今までその存在に気付かなかったんだろう。
「……」
外灯に照らされた、ビル入口の集合ポスト。乱雑に突っ込まれ、口からはみ出したチラシ。社名が貼られたものが幾つかあるが、その殆どは空テナント。そのせいか、何処かじめっとして薄暗い。
年季が入り、不透明度の増したアクリルガラスのドアを開け、怯みそうになる足を踏み入れる。
チカチカと切れかかった天井の照明。黴臭く埃っぽい空気。こんな場所に、豪勢なパーティーを開いた森崎が本当にいるんだろうか。
二人入ったら窮屈になりそうな程狭いエレベーターに乗り、名刺に書かれた階の番号を押した。
チン、
随分と安っぽい音が鳴り響き、ドアが開く。
真正面に現れる、磨りガラスのドア。薄暗い廊下。
「……」
エレベーターから降りる。背後でドアが閉まった途端、不安が一気に押し寄せ、身体に緊張が走った。
ドクン、ドクン……
左手に名刺を持ち、入口に立つ。意を決して立てた人差し指を、ドア横のインターフォンに怖ず怖ずと近付ける。
──ピンポーン、
チャイムの音が鼓膜を通り、脳内で反響する。
その途端、ノルマを達成したような不思議な安堵感と冷静さが襲い、呼吸を重ねる毎に不思議と余裕が生まれる。
『……誰?』
「あ、あの……」
答えようとして、言葉に詰まる。
……森崎。それとも、水神?
ここに来た経緯を、どう説明したらいいんだろう……
『あぁ、今夜来る予定の子?』
「……はい」
『OK。今開けるから、チョット待っててね』
明るく軽快な男の声。
事前に話が通っていたんだろう。説明が省けてホッと安堵する。
ガチャンッ、
解錠の音がしドアが開く。と、先程の男らしき人物が顔を出す。
しっとりと濡れた黒髪。白のバスローブ。
事務所の筈なのに。どう考えても、人を招き入れる格好ではない。
「……入って」
一歩後退れば、眉間に皺を寄せた男が手を伸ばし、僕の腕を掴む。
そのまま室内へと引っ張り込まれ、バタンとドアが閉められる。
「……」
ガヤガヤ、ガヤガヤ……
奥行きのある、暖房の効いた部屋。
並べられた事務机。応接間。その奥に見えるのは、まるで病院の大部屋を思わせるような、幾つもの間仕切りカーテン。
そのひとつからバスローブ姿の男性が現れると、続いてハンディカメラを持った男が出てくる。
「じゃあこれから、軽く説明するね」
先程までとは違う、ギラついた男の目付き。そのまま事務机まで僕を引っ張ると、ノートパソコンを開いて動画を再生する。
パッと映し出されたのは、ベッドに縛り付けられている女子高生。
そこにバスローブ姿の男性と、ハンディカメラを構えた男性が、画面の端から現れ──
「──っ、!」
……知ってる。
これ、ハルオの部屋で見た動画と、同じだ……
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