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第38話

ざわざわ、がやがや…… 出口の扉は、直ぐそこなのに。その近くには、スタッフらしき人物が立っていて……飛び出す勇気が持てない。 仕方なく、応接間のソファに怖ず怖ずと腰を掛ける。と、前方からポニーテールを揺らした女子高生が現れる。 無表情。大人びていて、落ち着き払った雰囲気。この世の全てを諦めきったような、とても冷めた目つき。 「……」 この人も、撮影に来たんだろうか。 僕の傍らに近付くと、プラスチック製のカップホルダーにセットされた紙コップを、スッとテーブルに置く。 「逃げるなら、今」 屈んだ瞬間、囁かれる声。抑揚がないせいか、予めプログラミングされたロボットのよう。 「あんたを、助けたいらしい」 「……ぇ」 太くて長い付け睫毛が僅かに伏せられ、彼女の視線がチラリとドアへと向けられる。誘導され、振り返りながら其方に目を向ければ、視界に映ったのは──高身長のハルオ。 「──!」 ドア付近に立っているスタッフに話し掛け、その場から遠ざけようとしていた。 「あたしはただ、言付けるよう頼まれただけ」 水神に負けず劣らず、感情のない冷めた声でそう言い放つと、彼女はスッと立ち去っていった。 「……」 やっぱり……ハルオは、ここで…… 複雑な思いに駆られながら、ハルオと共に撮影場所へと捌けていく男性を目で追う。 周りの様子を窺えば、ドア付近ががら空きになっている事に、まだ誰も気付いていないよう。 ──いま、しかない……! ドクン、ドクン、ドクン…… なるべく頭を低くし、身を縮めて一歩踏み出す。胸の辺りの布地を掴み、やたらと暴れ回る心臓を抑えながら。 ガチャ、……ガチャガチャ、 ドアに到達し、ノブに手を掛ける。が、なかなか開かない。 ……早く…… 早く、しないと…… 焦る指が、思うように動かなくて。小刻みに震えながらも、やっとの事で鍵の抓み部をつまむ。 ──カ、チャンッ、 想定以上に響く、解錠の音。 ビクンッと身体が大きく震え、血の気が引く。 背後に集中する意識。何となく感じる、人の気配。 絶望にも似た恐怖に駆られながら、怖ず怖ずと……振り返る。 ざわざわ、ざわざわ…… 「……」 ……気のせい、だった。 異様な空気を取り巻くこの空間で、解錠の音はおろか、逃げだそうとする僕の存在をも認識などしてはいなかった。 もう一度、ハルオの方へ目をやる。と、その横を、一人の厳つい男性がすれ違う。異変に気付いたかのように。此方へと、足早に向かって。

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