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2 幼馴染降臨
始業式に出る為、竜生 は特別クラスの生徒達と共に、体育館へ向かった。
広い体育館の中は、徐々に集まって来た生徒達の群れに埋め尽くされていく。
三年生と特別クラスの生徒達は二階の応援席が定位置となっている。竜生は座席に座ると、下に列を成す生徒達をチェックしていった。視力は悪い方ではないのだが、やはり二千人近くいる生徒の中から、今朝出会った少年を見つけるのは難しそうだった。
賀茂泉 高等学校の二学期の始業式は、後半、部活の引継ぎ式となっている。
運動部、文化部、共に新しい部長と副部長が任命され、ついでに改めてクラブ紹介が行われるのだった。
特にクラブ活動に興味のない竜生は、生徒チェックに勤しんでいたのだが、とある名前が呼ばれた瞬間に、檀上へ意識を持っていかれた。
「ゲーム研究部部長、二年一組、杏橋舞 。副部長、一年二組、梨尾数輝 。」
――梨尾…!?
男性教員に紹介され、数十人の檀上に上がる生徒の中で、一際背が高い生徒が一礼する姿に、竜生は釘付けになった。
朝、出会って名乗ってくれなかった少年が、幼馴染の名前を呟いた。その名前の人物が今、檀上にいる。
――一年二組の梨尾君…。彼に会えば紹介してくれるかもしれない。
竜生は頭の中で彼のクラスを反芻し、始業式後のホームルームが終わったら、彼のもとを訪れる事を決めた。
竜生のいる帰国子女ばかりが集められた特別クラスは、一般の一年生のクラスとは少し離れた場所にある。日本の学校に馴染めていない彼らが、浮いたり、苛めの対象にならないように配慮されての事らしかった。
少し緊張感を湛えながら、普段は立ち入らない領域を歩き、竜生は一年二組のクラスを目指す。
――明日、また会えるかも知れないのに、梨尾君に会う意味、あるかな?…いや、でも、明日あの子に会えても、また名乗ってもらえない可能性あるし…!
葛藤を胸に秘め、竜生は歩を進めた。
途中、一際背の高い男子生徒と廊下で擦れ違う。リュックを肩に掛け、帰る様子だった。
「梨尾君、だよね?」
竜生は慌てて彼を呼び止めた。
「そうだけど、…もしかして、君も入部希望者?」
面倒臭いといった表情で、梨尾数輝は竜生を見下ろしてきた。竜生が178センチあるので、彼は190センチ近いのではないかと推測された。長身、短髪、程よく筋肉質な風情の彼は、文化部というよりも、運動部といった印象がする。
「え?いや…。」
竜生は少し口籠る。
――幼馴染、紹介してとか、実は言い辛いな…。
「うちの部ってさ、顔面偏差値高いから、下心有りの入部希望者が後を絶たないんだよね。今日の引継ぎ会で、部長に一目惚れした口だろ?…そういう輩は、全部、断らせて貰ってるから。」
一方的に話を進められ、竜生は慌てて否定した。
「違うけど。…部長の顔とか覚えてないし。」
「違うの?あ、もしかして、俺狙い?」
「君を…?俺が…?」
思わずバイセクシャルにあるまじき反応を見せてしまい、竜生は秘かに反省した。
「…な訳ないか!」
数輝がジョークにまとめ上げ、乾いた笑いが二人の間で起こった。
気を取り直し、竜生は心を決めて本題を告げることにした。
「あのさ、今朝、バスで一緒になった子、…男子だけど。その子が、梨尾数輝っていう幼馴染がいるって情報だけくれて、自分の事は一切、話してくれなかったんだよね。…明日、また会えるかも知れないんだけど、気になってさ…。」
「へぇ…。」
数輝は間を置く。教えるべきか悩んでいるのだろうか。それとも幼馴染が複数いて、迷っているのだろうか。竜生が不安になった時、数輝の口から情報がスラスラと飛び出してきた。
「俺の幼馴染というと、背は171センチで体重は52キロくらいの、妙に綺麗な顔してた…?」
「うん。そんな感じ…?」
体重までは予想していなかったので、竜生は疑問形になってしまった。
「それなら、一年三組の桃田蛍 だよ。…名乗って貰えなかったんだ?」
数輝の探るような視線に、フラれた印象になってるのではないかと、竜生は気恥ずかしさを覚える。
「朝の短い時間だったからね…。」
「フォローしておくと、蛍はイケメンとは特に絡まないようにしてるようだよ。」
竜生をイケメン認定している様子の数輝は、意外にも蛍の方の言い訳を代弁した。
「絡まないって、話してくれないって事?」
イケメンの自覚のある竜生は、自分がそういう前提で話を踏まえる。
「話してはくれるかな。スキンシップを極端に嫌がられる感じ?」
それを聞いて竜生は、今朝のバスの中での蛍を思い出し、腑に落ちずに考え込む。
――痴漢には触らせてたのにな…。痴漢のオジサンがイケメンじゃないって認識で…?
「桃田蛍が気になる?」
数輝の質問にドキリとさせられた竜生だったが、その表情に他意が込められていなさそうなので、ほっとした。
「俺、特別クラスだからさ、一般クラスの子と交流がなくて…。友達になれそうなら、なりたいって思ったんだ。」
「友達にね…。」
今のは少し、他意が含まれてるように聞こえた。そして、数輝は暫し沈黙する。
――何?なんか考えてる?
竜生が思わず見守っていると、数輝は徐に涎を腕で拭った。
「…おっと、いけない!新たな登場人物の加入により、より淫靡な世界が展開していく妄想にゾクゾクしてしまった。」
その言葉に竜生は面食らう。
「何、淫靡な世界って?…梨尾君、もしかしてソッチの人?」
数輝はソッチという言葉に、首を傾げたようだったが、直ぐに否定してきた。
「違うよ。俺はただの傍観者。当事者にはならない。」
「どういう事?」
数輝の言っている事がピンと来ない竜生は、直ぐに訊いたが、その答えは帰って来なかった。
「蛍に会いたいなら、会わせてあげようか?」
願わくばな展開に、竜生は数輝の疑惑を追及するのを一時的に忘れ去った。
「これから?」
「うん。蛍も同じゲー研部なんだ。」
「ゲイ研部!?ゲイを研究してるの?」
竜生の声のトーンが上がり、流石に数輝も面食らったように目を丸くした。
「いや、ゲーム研究部だって。…クラブの引継ぎ会見て、俺のとこに来たんだろ?」
冷静な突っ込みを受け、竜生は顔を紅潮させた。
「…そうだった。」
「意外と天然?」
ゲイを匂わせた君のせいだから、と、数輝を責めたくなった竜生だったが、今は舞い上がっていて調子がおかしいのだと、心の中で言い訳した。
「いや、さっきのは、ちょっとうっかり…。」
数輝が軽く笑って、蛍のところへ案内すると言って竜生を誘導した。
方角的に竜生が元来たルートを辿る。
「梨尾君は桃田君と一緒に登校したりしないんだ?」
ふと、幼馴染なら近所に住んでいるのではないかと思い、竜生は疑問を投げた。
「中二の時、蛍が引っ越してしまったんだ。今は学校を中心とすると、真逆なとこに住んでる。」
「そうだったんだ。…じゃあ、高校に入って再会?」
「いや、あいつが転校してからも、ずっと会ってたよ。お互いの家に泊まったりも、よくしてるしね。」
「仲、良いんだね。」
竜生が数輝の横顔を見上げた時、彼の表情が怪し気に微笑んだ。
「フラグは一応、立ってるかもね。君も多分、フラグ立ってると思うよ。」
「フラグ?…それってゲームの用語的なやつ?」
数輝は今までに竜生の周りにいなかったタイプだからか、予測できない言葉が出てくる。
「恋愛シミュレーションゲームとか知らない?BLの!」
「B…L…?」
アルファベットを想像すると、竜生は何かの頭文字なのだろうと素早く推測した。
「俺も蛍もBL好きでさ。知ってる?ボーイズラブ!」
「ああ、ブロマンス的なものかな?俺の妹が興味持ってたよ。」
「ブロマンスよりは具体的なコトしてるかな。…男同士の恋愛に興味ある?」
「…どうかな?偏見はない方だけど。」
竜生は探りを入れられた気がして、興味があるとは言えなかった。
特別クラスに辿り着く手前にある渡り廊下を渡る。その先には一部の部室が集められた部室棟がある筈だった。目的地を訊いていなかった竜生は、漸くゲーム研究部の部室に向かっているのだと気付いた。
「そう言えば、君、名前、なんだっけ?」
不意に数輝に問われ、志柿は名乗ってなかった事に気が付いた。
「あ、志柿竜生だよ。ご免、名乗るの忘れてた。」
――いつもは俺、こんなんじゃないのに…。
再び、竜生は頬を赤らめる。
「志柿君ね。」
数輝はゆっくりと竜生を観察して微笑んだ。
「志柿 君はゲームやる?」
数輝 の質問に、竜生 はゲーム全般についてを考えてみた。
「ボードゲームはあまりやらないかな。チェスは出来るけど。…ビデオゲームはシューティングを少々。あと、ホラーゲームもちょっとやったかな…。」
ビデオゲームという言い方が外国人っぽいと思った数輝は、竜生が帰国子女であることを思い出して納得した。ゲームに関しては、予約購入をする等、率先して自らやる人間ではないのだろうと判断する。
「蛍と仲良くなれるといいね…。」
数輝は独り言のように呟いた。
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