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3 腐の中で
渡り廊下を渡りきり、部室棟に辿り着くと、比較的近い一室がゲーム研究部の部室だった。
引き戸になっている扉に『ゲーム研究部』のプレートが貼られている。
「ここがゲー研部の部室。蛍 とはBL本の受け渡しする約束してるから、いる筈だよ。」
数輝 が扉を開け、その背後から緊張を伴いながら竜生 は中へ入った。
その瞬間、目の前に会いたかった桃田蛍 が等身大で現れた。嬉しさで満たされる竜生だったが、対する蛍の方は少し困ったような顔になった。
「あれ、数輝。…帰国子女、連れて来ちゃって、どうしたんだよ?」
「蛍に会いたがっていたからさ。」
思いの外、冷たい態度を取られて、竜生は今朝の出来事を仄めかしてみる。
「今朝の事、覚えてるよね?」
「覚えてるよ。…そっちこそ、交流ないから安心してって言ってなかったっけ?」
一瞬、微笑んでくれたように思えた蛍の顔は、よく見ると目は笑っていない。
「名乗ってくれないから、探してみたくなったんだよ。」
「名乗らなかったのは、友達になるか分からなかったからさ…。」
「同じバス停を利用するのに?」
「同じバスに乗るとは限んないだろ?」
多少、言い合いになってきたところで、二人を見守っていた女子生徒二人が割り込んで来た。
「遂にリアルなBL展開?」
肩に掛かるくらいの髪に、眼鏡を掛けた女の子が鋭い口調で問う。序でに言うと、眼鏡の奥の瞳も鋭い。
「違うから!どこをどう見たら、そうなるんだよ!?」
蛍が焦りつつ、否定した。そんな彼を無視して、黒髪を三つ編みにして両肩に垂らしている女子生徒が竜生に話し掛けて来た。こちらは小作りな顔で、お人形さんといった雰囲気の少女だ。
「BL、ボーイズラブって知ってる?男同士の恋愛の。一部の女子に大人気なんだよ。」
「一部の男子にもね。…なので、どうぞ桃たんを襲って下さい!」
眼鏡女子が付け加え、竜生は対処に困った。
――え?…襲う?
「俺はリアルはダメだって言ってるだろう!」
蛍が眼鏡女子にキツめに突っ込んだ。
「リアルはダメだけど、BL同人誌とか大好きなんだよ、桃たんって。」
おさげ女子の告げ口に、蛍が眉をピクリとさせる。
「…そうなんだ?」
「悪い?…自分の好きな二次元のキャラクターが、男同士の恋愛で悩んでいるのとか萌えない?あ、引いてる?」
どうやら蛍は開き直ったようだった。数輝からBLコミックスを受け取ると、少女漫画な男の子のキャラ同士が仲睦まじくしている表紙を竜生に見せた。
「いや、全然。言ってる事の理解は出来るし…。」
竜生は負ける気がして、一歩も引かない姿勢をとった。
「梨桃が三角関係に!」
眼鏡女子が再び突っ込んでくる。
「だから、リアルでカップリングはやめろ!」
竜生の事を興味深げに観察していたおさげ女子が、竜生の脇腹を人差し指で徐に突いた。急な出来事に竜生はたじろぐ。
「君、名前は?」
竜生よりも低い位置に目線がありながら、彼女は上から訊いてきた。
「あ…、志柿っていいます。志柿竜生。一年です。」
おさげ女子は頷くと、自分も自己紹介を始めた。
「私は梅村優香 、二年よ。こっちは一年の桜井絢音 。入部希望で来たんじゃなさそうだね?」
優香の探るような視線に、竜生は入部するという選択肢に気付かされた。
改めて部室の中を見回すと、中央に並行にある二つの長机の上には、PCが数台とペンタブレットが幾つか並んでいる。詳しい活動内容が不明のまま、竜生は入部希望を匂わせてみようと思い立った。
「ここって、簡単に入れて貰えないって聞いたんですけど、…入れて貰えないんですよね?」
ダメ元な感じの竜生に対し、優香は目を輝かせて部の状況を説明する。
「そんな事ないよ。私達の推薦があれば、直ぐに入れちゃうよ。…それに舞…今の部長にフラれたのが理由で、男の子が二人辞めちゃったばっかりだし。」
竜生に希望が差した時、絢音が口を挟んできた。
「条件はあるけどね。」
「条件?」
絢音の眼鏡がキラリと光る。
「桃たんを襲うこと!」
「おそ…?」
竜生が「襲う」真意を問い掛けた時、蛍が絢音に喰って掛かった。
「誰が襲うか!…ってか、襲われてたまるか!」
蛍と絢音が言い争いになったのを尻目に、今まで見守っていた数輝が竜生に話し掛ける。
「腐ってる人率高いから、こんな感じだけど、うちに少しでも興味あるんだったら、明日、見学に来れば?…今日はもう、お開きだし。」
今日はBL本の貸し借りの為に、部員四人で立ち寄っただけらしかった。
――腐ってるって、こういう事…?
竜生は呑み込みの早いスキルを活かして、事態を把握した。
解散の雰囲気になり、蛍と一緒に帰れると思った竜生が口を開き掛けた時、素早く蛍は数輝の腕を取って歩き出した。
「じゃあ、今日は俺、数輝のとこに遊びに行く予定だから。さよなら、志柿君!」
竜生は今日のところは深追いしないと決めた。
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