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10 腐女子と見せかけて

 九月最後の土日の二日間、賀茂泉(かもいずみ)高で文化祭が催された。  ゲーム研究部としての出し物はなく、部員は各々、自分のクラスの企画に参加をした。  賀茂泉高の文化祭では『ミスター&ミス賀茂泉コンテスト』が毎年行われている。そのコンテストに、不本意ながらも竜生(りゅうせい)は、他薦で出場することになってしまった。  コンテストにエントリーすると、緘口令が敷かれた。不正に票を操らないようにする為らしかった。  当日まで他の参加者は分からないが、きっと顔面偏差値が高いと言われている、ゲーム研究部の部員が占めているに違いないと、竜生は予想する。そうすると、気の進まなさが少しだけ緩和された。  そして当日、ゲーム研究部からは部長の杏橋舞(きょうばしまい)と自分の二人しか参加していない事を、竜生は知らされた。 ――桃田(ももた)君、出ると思ったのにな…。  今、竜生の中で史上最高の可愛さを誇る桃田(けい)が、コンテストに出場していない事を、彼は心より残念に思った。  ミス・コンの参加者は総勢十六名で、全員、一芸を披露しなければならなかった。  会場となった体育館の檀上には、グランドピアノが置かれていて、舞が『革命のエチュード』を情熱的に演奏した。  竜生も十二歳の頃まで習っていたピアノを演奏する事にする。即興で出来そうなのは、子供の頃、母の誕生日に披露した『You Raise Me Up』の弾き語りだった。  竜生の番になり、壇上でグランドピアノを奏で始める。竜生のテノールの歌声は、会場全員の心を掴んだ。  そんな感じでミスター・賀茂泉に選ばれてしまった竜生は、一躍有名人となってしまった。  因みに女子は杏橋舞が栄冠を勝ち取り、二連覇という記録を打ち立てたらしい。 「志柿君に、こんな才能があったなんてね。…とても素敵だったわよ。」  コンテスト終了後の舞台裏で、舞が声を掛けて来た。 「先輩こそ。ノーミスで完璧な『革命のエチュード』を、こんな処で聴けるとは思っていませんでしたよ。」  難曲を弾き熟した舞を、竜生は心から称賛した。  ミスター賀茂泉の称号を与えられて以来、竜生は全く面識のない女子生徒達から告白されるようになった。 「有難う。でも、ご免ね…。」  今は誰とも付き合うつもりはないと、竜生は全て丁重に断り続けた。  十月に入り、中間テストが近付いてきて、部活が休みになった。  その初日の昼休み、竜生は舞から呼び出しを受けた。  生徒会長よりも有名とされている彼女が、竜生のいる帰国子女クラスを訪れたので、一気に校内中がざわついたようだった。 「志柿君、ちょっといい?」 「あ、はい。」  有無を言わせなさそうな舞の後を着いて外へ出ると、中庭の木陰まで移動した。そこで二人向き合う。  夏服から合服に変わり、ワインカラーの一見、ワンピースに見える制服に衣替えした舞は、更に大人びて見える。 「君は…桃田君の事、恋愛の対象として好き、そうでしょう?」  舞の唐突な言葉は、愛の告白以上に想定していなかったものだった。竜生は狼狽を隠せなくなる。 「え?いや、えっと…。どうしてですか?」 「そういうの、観察してたら分かってしまうの。…因みに、うちの部でいうと、松山は優香(ゆうか)に片思い中。絢音(あやね)ちゃんは意外と松山が好きみたい。梨尾(なしお)君だけは…ちょっと分かり辛いのよね。絢音ちゃんとイイ感じな時もあるけど、桃田君に対して時々、気持ち悪いオーラを発していたりして不明な感じ。…で、あなたは桃田君に恋をしている。」  舞に観察眼を披露され、竜生は腹を括る。 「…だとしたら、先輩と何か関係ありますか?」 「…だとしたら、私と凄く重なるのよね。」 「重なる…って?」 ――まさか、先輩は桃田君の事が…!?  牽制でもされるのかと身構える竜生に、再び予想外の答えが降り注ぐ。 「私は優香が好きなの。恋愛対象としてね…。」  竜生は一時的に言葉を失ってしまった。 「…正直に言うと、私はBLに興味はないわ。あの子に近付きたくて、あの子の好きな物を全て研究したの。そしたら、いつの間にかゲー研部の部長になってしまっていたのよね。」 「そう…だったんですか。」  重なるという理由を理解して、竜生はやっとの思いで相槌を打つ。舞のポテンシャルの高さに感心させられ、同時に脅威も感じさせられた。 「ひとつ、アドバイスしてあげましょうか?」 「はあ…。」  そんな舞から、頼んでもいないアドバイスが繰り出される。 「桃田君は優香と好きなBLのジャンルが似てるの。二人共、二次創作物から始まって、今、オリジナル作品にも手を伸ばしているところね。…基本的に少女漫画のような展開が好きで、リバはダメ。あ、ネコ、タチ入れ代わりがダメって事よ。”受”は飽くまで”受”なの。…最初、どっちが”受”になるか分からない作品ってあるじゃない?その場合、自分が”受”だと思ったキャラクターが”攻”だったりすると、絶対に受け付けなくて、その作品は見なくなるのよ。」  まだ、そこまでBL本を読み込んでいない竜生は、再び返事に困る。 「そんな彼女達の世界観に現実の恋愛を投影させていくのが、今後の課題よ。」 ――私達…?投影…?  戸惑い続けている竜生に、舞は同志として尚も熱く語り掛ける。 「…彼女達を”受”に仕立て上げて、私達は立派な”攻”キャラになるのよ!」 「でも彼女達?が”攻”になりたかったら、どうするんですか?」 「その時はこちらが”受”になってあげる手もあるけど、あの子達は経験値がゼロの分、必然的にリードされる側になると思うのよね。つまり、こちらが主導権を掴み易いって事。」 ――先輩、経験あるんですね…。そして攻めたいんですね…。  竜生は笑顔を引き攣らせた。 「私は(いず)れ、優香と一線を越えるつもりよ。…人って基本的にバイセクシャルだと思うもの。快感で気持ち悪いという概念を吹き飛ばしてやるわ!」 「あの…、でも、あまり性的な事は求めない方がいいんじゃ…。」 「腐が付く子は、みんなエロスを欲しているのだから、此方側に引き込むには、それが一番手っ取り早いのよ。」 ――腐=エロス…だと?  竜生は下ネタが極端に苦手な蛍を思い出し、舞の図式を秘かに打ち消した。 「お互い、頑張りましょうね。…話は以上よ。」 「…はい。」  竜生が素直に返事をすると、立ち去り際に舞が周囲に視線を走らせた。そして竜生に再度近付いて耳打ちする。 「暫くは君に告白して来る子は、いないかもね?」  舞は魅惑的に微笑むと、竜生を一人残して立ち去った。

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