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12 触れてみる

 十月に入り、夏服から合服へ変わると、校舎内が一気に秋の雰囲気に染まった。  中間テスト一週間前となり、部活が休みに入ると、今まで一緒に帰っていた竜生(りゅうせい)と、自然な流れでは帰れなくなる事に(けい)は気付いた。  だからと言って、自分から約束を取り付けるのは、気が引けてしまう蛍だった。  そんな折、スマートフォンに竜生からのメッセージが届いた。 『一緒に帰りたいから、桃田君のクラスまで迎えに行ってもいい?』  一気に蛍の気持ちが綻ぶ。その感情が届いてしまわないように、蛍は短く『いいけど』と返事を送った。  蛍には今、気掛かりな事がひとつある。  それは学校一の美少女と名高い杏橋舞(きょうばしまい)が、竜生に告白したという噂の真相についてだった。  気になって仕方がないのに、尋ねる事が出来ないまま、蛍は感情に蓋をしていた。  二日ほど、独り悶々としていた蛍だったが、そんな自分に耐え切れなくなり、思い切って竜生に確認する事を彼は決意をする。 「あのさ、…杏橋先輩に告白されたって本当?」  帰りのバスの中、同じ高校の生徒が降りていなくなった事を確認すると、蛍は勇気を出して質問を口にした。 「え?あ…噂、結構、広まってるんだな。」  竜生の返答に、蛍の心は沈んでいく。真実であれば、カップル成立が濃厚だった。 「…本当だったんだ。」  ぽつりと呟く蛍に、竜生は軽く手を振った。 「いや、告白っていうか、カミングアウトだったんだけどね。」 「カミングアウト?」  否定され、蛍は思わず声を上げて聞き返してしまった。 「桃田君、口が軽いから、詳しくは教えないけど。…話すと直ぐ梨尾(なしお)君に言っちゃうでしょう?」  竜生が苦笑して見せる。竜生の性体験やバイセクシャルな件を、聞いたその日に幼馴染に話してしまった事を示唆しているのだと蛍は気付いた。 「志柿(しがき)君の事は…数輝(かずき)とオンラインゲーム中につい…。だって、口止めしなかっただろ?」  慌てて言い訳する蛍に、竜生は優しく頷く。 「そうだね。じゃあ、俺も口止めされなかったから話してあげるよ。…杏橋先輩、梅村先輩の事が好きなんだって。恋愛の対象としてね。」  蛍は予想外の言葉に、目を丸くした。同時に、何処かほっとさせられる。 「え…、そうだったんだ。」 「俺は話しちゃったけど、桃田君は口外してはいけないよ。」 「うん、分かってる。…だけど、どうして志柿君にわざわざ話したんだろ?」  全校生徒を勘違いに追いやった舞の行動が腑に落ちず、蛍は首を傾げた。 「それは…。」  一瞬、迷った竜生だったが、流れるままに言葉を紡ぐ。 「それはね、俺が桃田君に恋愛感情を抱いているって、気付かれたからなんだよ。…境遇が似てるって事で、話したくなったみたい。」  さらりと胸の内を告げられ、蛍は息を呑んだ。 「何、それ…。今の、急に…!」 「ああ、ご免。…告白しちゃった。…初めて会った時から君の事が気になってて、そこから恋愛対象として好きになってたんだ。」  狼狽えている蛍に、竜生は改めて告白した。 「でも、安心してよ。告白したからって、桃田君に受け入れて貰おうなんて思ってない。…今まで通りに友達として接してくれると助かるんだけど、無理かな?」  竜生は謙虚な姿勢をみせた。 「…そんな申し出、一方的過ぎるよ。」  全身が心臓になってしまったように錯覚した蛍は、悟られないように竜生から数センチ離れた。 「ご免。…でも、友達以下になりたくないから。」  竜生は悲痛な面持ちになる。  彼の言葉が全て本心だと感じた蛍は、真剣に自身の感情と向き合う決意をした。 「分かった。明日、…返事する。」 「え?いや、返事なんて…!」  今度は竜生が狼狽え始める。失恋する準備が出来ていないし、したくないのが本音だ。 「大丈夫、友達以下にはしないから。」 「本当に?」  竜生は少しだけ救われる。 ――そんな事言われたら、期待してしまうよ…。  翌朝になり、蛍の判決待ちの竜生は、緊張しながらバス停へ向かった。 「おはよう。」  竜生と違い、蛍はいつもと変わらない様子で挨拶してきた。 「お…おはよ…。」  竜生も通常通りにするつもりが、声が上擦ってしまった。  満員のバスに二人は乗り込むと、暫くすると蛍が竜生に囁いてきた。 「ねぇ、志柿君。…俺に触れてみてよ。」  竜生はドキリとさせられる。 ――え?痴漢しろって事ですかー!?  一瞬浮かんだ邪な考えを、勘違いだとかなぐり捨てて、竜生は確認する。 「ど、どこを?」 「…どこでも。」  まさかのお任せ発言が返ってくる。 ――スキンシップが苦手だから、俺が触れても大丈夫か試すって事…?  蛍の意図を推測しながら、竜生は慎重に期す。  バスがカーブに差し掛かった時の揺れに乗じて、竜生は自然に蛍の肩を抱くことが出来た。それから、その手をクリーム色のカーディガンに包まれた背中に滑らせてから、最後に彼の耳朶を少しだけ触った。  その後、蛍は終始俯いたままで、時折何か言いたげに竜生の方を見るが、何も言わずを繰り返した。その間、変な汗を掻き続けた竜生だったが、黙って判決の時を待った。  そうこうしているうちに、高校前のバス停に着き、数人の生徒と共に二人も降車する。 「…あんな感じで良かった?」  答えを待ちきれなくなった竜生が、恐る恐る尋ねた。 「うん。…俺、志柿君なら、大丈夫みたいだ。」  蛍は恥ずかし気に、瞳を伏せたまま答えた。 「それって、俺を受け入れてくれるって事?」  竜生はOKの再確認をするが、蛍の反応は今ひとつといった感じだった。 「…まだ、もう少し試さないと、受け入れられるって言えない。」 「もう少し…試す?」  竜生はドキリとさせられる。 「うん。大丈夫、今日中に返事はするから!」  竜生を翻弄するかのように、判決は数時間先に延ばされたのだった。

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