14 / 33

13-2 お試し許容範囲

 バス停から八分程歩いた距離にある、竜生(りゅうせい)の家に着いた。  周りがモノトーンの家が多いのに対し、竜生の家は紅殻(ベンガラ)色が特徴的な北欧風で目立っていた。  広い庭には木製のブランコと、滑り台まである。  中も北欧風で、リビングに行くと、インテリアになっている電気式暖炉があった。その上には家族写真が数点飾られている。 「お父さんって、ハーフ?」  写真を一枚、一枚、丁寧に見ていた(けい)が問う。 「よく間違われてるけど、クォーターだよ。お祖父(じい)ちゃんがブルガリア人とのハーフなんだ。」  初めて聞く事実に、蛍は目を丸くする。 「じゃあ、志柿(しがき)君にもブルガリア人の血が流れてるんだ。」 「見た目には全然、現れてないけどね。」  竜生は自分をそう評価したが、足が長く、スタイルがいいのは外国の血の所為なのだと、蛍は秘かに納得した。 「ブルガリアって、ヨーグルトしか浮かんで来ないな。」 「俺もだよ。ブルガリアに行ったことないし。」  蛍の正直な言葉に、竜生も賛同した。 「…妹、可愛いね。何歳?」  今度は妹の方に、蛍の興味が移ったようだった。 「十一歳だよ。こっちに帰って来たら、絶対ロンドン帰りを猛アピールする嫌なキャラになると思うよ。桃田君は兄弟いる?」  適当に妹の評価を落として、竜生は蛍の家族に話を振った。 「弟が一人。今、中二。」 「そうなんだ。似てる?」 「似てない方かな?見た目、野生児っぽいし…。」  少し間が空いた後、蛍が竜生の手首を掴んだ。 「ねぇ、触ってよ…。」  不意打ちを喰らった竜生は、丁寧に確認する。 「それって、俺が触っても嫌じゃないか確認するって事で、…朝よりも、もっと直接的に触って貰いたいって事?」  蛍は頬を染めて俯くと、竜生から手を離した。 「直接的とか…わかんないけど…。」 「…じゃあ、ハグしていい?」  竜生が優しく問い掛けると、蛍は頷いた。  竜生はゆっくりとしたモーションで、包み込むように蛍を抱擁した。最初は硬い印象だった蛍の体も、時間が経つと力が抜け、その体を預けてきた。 「ハグはOK?」  耳元で竜生が確認すると、恥ずかしそうに蛍は頷いた。そして次のステップを申し出てくる。 「次は…キスだよね?」  竜生は思わず抱擁を解除し、蛍の顔を覗き込んだ。 「え?…キス、してみるの?…本気で言ってる?」 「うん。…だって、付き合えるか、どうかって、キス出来るか出来ないかで、はっきりするんじゃない?」 「…そう?…だね。」  付き合う前のステップではないと思った竜生だったが、一理あると思い、試みる事にした。 「…目、閉じたらいい?」  蛍の初心な反応に、竜生は今までになく鼓動を高鳴らせた。 「…うん。」  竜生は蛍の頬に軽く触れてみる。 『腐が付く子は、みんなエロスを欲しているのだから、此方側に引き込むには、それが一番手っ取り早いのよ。』  一瞬、優香(ゆうか)をモノにしたがっている(まい)の言葉が過ったが、竜生はそれを素早く打ち消して、ソフトに接するように心掛けた。  様子をみるように一瞬だけ触れるキスをして、それから一秒毎に角度を変えて数回、蛍の唇にキスを繰り返した。そして最後に、彼の鼻の頭にキスをして終わらせる。 「…どう?」 「嫌じゃない。…けど、キスって、もっと長く唇に触れたままだと思ってたから、少しイメージと違ってた。」  蛍が素直に感想を述べた。 「長く触れると、舌を入れちゃいそうになるから…。そんな事したら、桃田君、引いてしまうだろ?」 「嫌なら抵抗するから、…試してみてよ。」  蛍に挑まれると、煽られたようになった竜生は、逃がさないように彼の小さな顔を両手で包んだ。 「じゃあ、もう少し力抜いてね。唇も…少し開いて…。」  言われるままに薄く開かれた蛍の口を唇で塞ぐと、竜生は(なか)を舌で探った。硬直して、反応を返さない蛍の舌に刺激を与える。  蛍が息を止めてしまっているようなので、それに気付いた竜生は早目に解放した。 「大丈夫?」 「…うん。」  竜生は放心している様子の蛍の手を引き、ソファに座るように促した。 「…紅茶でも、淹れてくるよ。」  そう言って、竜生がキッチンへ移動しようとした時、蛍が縋り付いてきた。 「待って!…その前にもう一回して。」  思わぬ蛍の要求に、竜生は全ての思考を持っていかれた。 「優しいヤツ?それとも激しいヤツ?」 「…激しいヤツ。」  ソファに蛍を押し倒すように座らせると、竜生は蛍のリクエストに応えるように激しく唇を奪った。最初から舌を差し入れ、絡ませると、先程は微動だにしなかった蛍の舌が、拙いながらも絡み返してきた。  甘く痺れたような感覚が二人を満たしていく。  竜生の手が蛍のズボンのベルトに掛かった時、びくりとした蛍が初めて抵抗を見せた。 「あ…!それは、待って…。」  長いキスが中断される。 「ご免。調子に乗った…。」  我に返った竜生は、慌てて謝った。 「帰る…。」  ふらりと蛍が立ち上がり、鞄を手にして玄関へ向かった。  取り返しのつかない事になったのではないかと、竜生は焦り始めた。慌てて蛍を追う。 「桃田君!」  もう一度、謝ろうとした竜生に、蛍は潤んだ瞳で笑顔を見せた。 「志柿君…。俺、嫌じゃなかったから。」  蛍を見送った後、竜生は人知れず胸を撫で下ろした。そして改めて、蛍の言動を振り返る。 ――あれ?今のが返事…!?  嬉しさの反面、釈然としない気持ちが竜生の中に広がった。

ともだちにシェアしよう!