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14 今更だけど

 (けい)とキスをした翌日、竜生(りゅうせい)は慎重に経過観察をする事にした。 「おはよう。…昨日は眠れた?」  朝の挨拶と共に、含みのある問を竜生は投げ掛けた。 「おはよ…。うん、普通…。」  蛍の答えは素っ気ないものだったが、その表情には竜生への信頼感が見て取れた。  竜生は一先ず安心する。  その日の放課後も、蛍は竜生の家に寄りたいと言った。  そう言われると、どうしても昨日したキスのイメージに、頭の中を支配されてしまう竜生だった。 ――俺、こんなんで大丈夫なのかな…?  竜生の家に着くと、蛍がそわそわとしながら竜生の肘に手を掛けた。  「志柿(しがき)君の部屋、行ってもいい?」 「ああ、えーっと…。」  竜生は少しだけ返事を濁らせた。そして直ぐに本当のところを話す。 「俺の部屋ね…、まだ小学生の時のままなんだよね。笑わないでくれると助かる。」  二人で二階の竜生の部屋へ移動する。  中にはパステルブルーを基調とした子供向けの家具が有り、学習机の上にはキャラクターが描かれたマットが乗っていた。  蛍は荷物を置く行為で、込み上げた笑いを堪えると、ベッドに腰を下ろした。それはこの部屋で唯一、大人仕様の家具だった。  竜生が横に座ると、蛍は当たり前のようにキスを強請った。竜生は迷うことなく、それに応える。  最初に優しく触れるだけのキスをし、それから徐々に一体感を増すような激しいキスへと変化させた。蛍は嫌がらず、心酔した表情でそれを受け入れている。 「キス…慣れたね。」  耳元に囁くと、蛍が恥ずかしそうに俯いた。 「うん。…志柿君とのキス、好きだよ。」 ――キス…だけ?  竜生は迷いながらも、気になっていた蛍の答えを訊く事にする。 「これってさ、もう俺達、付き合ってる?」 「…そうだね。」  それは消え入りそうな声だった。竜生は再度確認する。 「それって、OKって意味だよね?」 「うん。」  蛍が頷くと、竜生は彼の前髪を掻き上げて、その額にキスをひとつ落とした。 「…有難う。」  晴れて恋人同士になれたと、竜生はやっと実感する事が出来た。しかし、その直後、蛍の口から水を濁すような言葉が出てくる。 「あの、でも、出来れば…みんなには内緒にしたいんだけど。」  男同士なので、仕方のない事だった。竜生は寛容に受け入れる。 「勿論だよ。でもさ、…デートとかしたいな。」 「デート?…って、何するんだっけ?」  蛍の反応に、竜生は彼の過去に付き合った相手が皆無である事を感じ取った。 「二人で出掛けて、遊んだりするんだよ。…桃田君はBLや、ゲーム以外だったら何が好き?」  改めてリサーチする。 「…何だろう?志柿君こそ、本当は何が好き?ピアノとか弾けるし、音楽関係?」 「ピアノは昔、習わされてただけで、俺の趣味じゃないよ。こっちに来る前はサッカーとかクリケットとかやってたかな…。」 「普通にスポーツ少年なんだ。」 「桃田君は…スポーツ嫌い?」 「不得意って事はないし、嫌いじゃないよ。…ただ、プレイヤー同士の接触があるのは、今は苦手かな…。」  痴漢から受けた弊害が起因している事を悟り、竜生は同情した。 「…体育の授業、別だから、フォローしてあげられないね。」 「何とか、相手を不快にさせないようには、やってるから。」  蛍の顔をずっと見つめていた竜生は、急に感情が高まり、彼を抱き締めた。 「桃田君、可愛い…。」 「…今度、志柿君の趣味にも付き合うね。」  抱き合ったまま、蛍を下にして二人はベッドに倒れ込んだ。 「今、一番楽しいって思える事は、桃田君と他愛ない会話して、触れあってる時だよ。」 「…俺も、楽しいって思う。…彼氏が出来たなんて予想外だったけど。」 「ずっと恋愛対象は女の子だったんでしょ?…本当に俺でいいの?」  竜生の問に、蛍は迷いのない瞳を向けた。 「元々、好きな子はいなかったし…。それに、初めて会った時から恰好イイって思ってたし…。」  意外な事実に竜生は驚いた。 「初めてって…始業式の日?」 「…うん。意識してしまいそうな自分が信じられなくて、なるべく視界に入れないようにしようとしてたら、痴漢から助けてくれてさ…。ヤバいって思った。」  竜生は蛍と初めて会った日を思い出し、彼の言動を改めて理解した。 「それで、最初、ちょっと冷たかったんだね…。」  竜生は蛍に覆い被さった姿勢をやめ、彼の横に仰向けになった。 「俺もね、初めて桃田君を見た瞬間、目が離せなくなったんだよ。きっと無自覚に恋に落ちてたんだね。」 「恥ずかしすぎる!」  竜生のストレートな物言いに、蛍は思わず起き上がった。そして、予てから気になっていた事を尋ねる。 「志柿君はさ、またロンドンに行ってしまったりする?」 「行かないよ。後一年半くらいで、うちの家族、全員帰国するし。それが分かってたから、日本の高校を受験したんだよ。高校の途中編入って、難しいみたいだったからさ。」  即答で返され、蛍は心から安心した。 「そうだったんだ。」  竜生が起き上がり、蛍の頬に手を伸ばした。 「遠距離になるようだったら、付き合えない?」 「経験ないから分からない。…ただ、もう引き返せないとこまで来てる…気はしてる…。」  どちらからともなく、二人の唇が引き寄せられた。  彼らは中間テストという、学生にとっての重要イベントが近付いているという事を、忘れてしまっているようだった。

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