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17 彼氏で妄想する彼氏
十一月中旬に入り、期末テストが始まった。
部活が休みに入ると、竜生 は特に約束もなく、蛍 のクラスまで迎えに行くのが当たり前になっていた。
一年三組までやってくると、蛍は教室中央付近の机の前で、一人の男子生徒と談笑していた。
竜生が開け放たれた扉の前で、二人の様子を窺っていると、先に気付いた男子生徒が蛍を小突いた。
「…それじゃね、蓮実 君!」
蛍は男子生徒に軽く手を振ると、鞄を持って竜生の下へ走り寄って来た。
「今の、蓮実君?」
「そうだけど、どうかした?」
再度、竜生が蓮実に目をやると、彼は丁寧に会釈してきた。慌てて竜生も会釈し返す。
蓮実は全てにおいて標準的といった印象で、人の良さそうな優しい顔をしていた。
「いや、何でもないよ。」
そう言いながらも竜生は、以前、読ませられた、数輝 と絢音 の妄想小説に出て来た蓮実を思い出していた。
その小説に登場する蓮実は、蛍の弱みを握って彼を蹂躙する、鬼畜な登場人物の一人だった。
――蓮実君って、もっと邪悪な雰囲気の人かと思ってた。梨尾 君と桜井さんの所為だな…。
浮かんだ文句を仕舞い込み、竜生は蛍と二人、帰途に着いた。
バスを降りて、何の示し合わせもなく、蛍と竜生は同じ方角へ歩き出した。その方向には竜生の家がある。
「昨日さ、…志柿君で抜 いちゃった。」
人通りがない路地で、蛍が控えめなトーンで伝えて来た。
蛍は竜生とキスを交わす間柄になってから、徐々に下ネタが大丈夫になり、竜生になら自ら話せるようにもなっていた。
「え、そうなんだ。…どんな事、想像したの?」
「志柿君が数輝 に攻められて、喘ぎまくってるのを少々…。」
その返答は、竜生の予想とは大幅に異なったものだった。
「はあ!?…もしかして桜井さんの小説でも読んだ?」
「え、何、それ?」
思わず発した言葉に、蛍が興味を引かれ、竜生は気のせいであるかのように話を流す。
「いや、何でもないよ。…何で俺が受?」
蛍がとある写真を、スマートフォンの画面に出して見せた。
「これを桜井さんから貰ったんだけど…。」
それは、絢音の描く、立ち絵用のモデルになったもので、竜生が数輝に壁に両手を抑え込まれ、キスされそうになっているというシチュエーションの写真だった。
「意外と妄想を掻き立てられてしまってさ…。」
瞳が潤んだ蛍の表情を見て、竜生はその心情を勘ぐった。
「…それってさ、突き詰めると、梨尾君に抱かれるのを想像してイッたって事じゃないの?心の浮気だ!」
そう言うと、蛍は全身全霊でそれを否定してきた。
「数輝の事は攻めキャラって設定した以外、1ミリも考えてないよ!俺は100パーセント、志柿君が気持ちよくなってるところを想像して抜いたの!」
竜生は再度、蛍の心情を推し量り直した。
「…って事は、察したくはないけど、…梨尾君に同化して、桃田君が俺に突っ込む妄想をしたのかな?」
肯定されるのを怖れつつ、竜生は訊いた。
「う~ん。…そうなる?いや、でも、ちょっと違うかな…?喘いでる志柿君を想像しただけだから。自分の一番好きなキャラが、受設定になるセオリーって分かる?それみたいな奴だから!」
架空の人物に邪な気持ちを抱いた事のない竜生は、返事に困ると、そのまま沈黙した。
その沈黙に、竜生の機嫌を損ねてしまったのではないかと、蛍は慌て始める。
「そんな、怒んないでよ!…ご免。」
「怒ってないよ。…桃田君はちゃんと男子なんだからさ、挿入する側になる事を否定出来ないと思って…。」
比較的、冷静な面持ちで竜生は答え、蛍を安心させるように微笑も付加した。
「…そんな風に思ってくれるんだ。」
想像した事のなかったシチュエーションに、蛍はドキリとさせられる。
「桃田君の事が、本気で好きだからだよ。」
竜生はいつもさらりと、恥ずかし気もなく愛情を口にする。そんな彼に蛍は、照れ隠しの一言しか返せない。
「じゃあ、もうバイって言えないね!」
「そうだね。」
竜生の家に着くと、ダイニングルームにあるカウンターに二人並んで座り、テスト勉強を始めた。
蛍の一般クラスと、竜生の帰国子女を集めた特別クラスとでは、授業の進行内容が若干違っている。一般クラスの方が進んでいる筈なのに、何故か竜生の方が蛍に教えるといった事が多くあった。
一時間が経過して、休憩モードになると、二人の目線が同時に合った。
直ぐさま、蛍が恥ずかしそうに目を伏せる。その顔に竜生が手を伸ばして、無理矢理視線を引き上げると、蛍は急にエロティックな内容を口にした。
「志柿君は…俺の中に入りたいとか、考えたことある?」
直接的な言い方ではないものの、竜生の意識が一気に下半身ネタに持っていかれる。
「そりゃあ、出来れば…。」
竜生の答えに、蛍は無意識に軽い溜息を吐いた。
「そうだよね。」
「でも、無理強いは絶対にしないから!そこは安心しててよ。もっと大人になってからでも遅くないと思うし…。」
竜生のフォローに蛍は苦笑を浮かべる。
「俺が子供なんだよね。…だけど最近、凄く興味が湧いてさ、下半身事情がちょっとヤバい。」
竜生は蛍の事情とやらを察した。
「一人でしちゃうんだ?」
「そう。」
即答した蛍は耳まで赤くした。
「じゃあ、今度、二人でしようよ。」
「え?…でも、それじゃ…。」
竜生の提案に、蛍は一抹の不安を感じた。
「大丈夫だよ。お互いに触り合うだけだから。…それ以上の事はしない。」
竜生に真摯な目を向けられ、蛍は生まれた信頼感に絆される。
「…うん。じゃあ、テスト終わったら、…泊まりに来ようかな。」
「いいよ。」
キスの雰囲気が生まれ、二人の唇が自然に引き寄せられた。
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