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19 彼氏、独り占め

 十二月に入って間もなく、竜生(りゅうせい)は風邪を引いて寝込んでしまった。  学校を休んでしまった竜生が心配で、(けい)は部活を初めてサボり、お見舞いに行く事にした。  途中、スポーツドリンクや林檎等のフルーツを買い、自宅には帰らずに制服姿で志柿(しがき)邸へ直行する。事前に連絡を入れておいたので、玄関の鍵は開いていた。  二階の竜生の部屋まで行くと、軽くノックをして中へ入る。熱に浮かされた顔でベッドに横たわる竜生だったが、それでも蛍に笑顔を向けた。 「早かったね…。」 「うん。部活行かなかったら、こんなもんでしょ。…ちゃんと病院行った?」  蛍は竜生のベッドの傍で膝を着き、彼の顔を覗き込んだ。 「うん。今日、叔父さん来てくれたから、強制的に連れて行かれた。」  竜生の家族はロンドン在住の為、彼に何かあった場合、比較的近くに住む母親の弟が面倒をみる事になっているのだった。  机の上にある病院から処方された薬と、水が入ったコップを一瞥し、蛍は頷く。 「スポーツドリンクと、あと林檎とか買って来たんだけど、林檎、食べる?剥いて来ようか?」  立ち上がろうとした蛍の手首を、竜生が掴んだ。 「今、来たばかりなのに。…傍にいてよ。」  嬉しさを仕方なさで隠し、蛍は竜生の傍らに落ち着く。しかし、やはり何かしてあげたいと思ってしまう蛍だった。  そんな折、インターホンが鳴った。 「誰だろう?…セールスだったら、無視するね。」  蛍は立ち上がると、確認の為、一階のインターホンのモニターのあるリビングルームへ向かった。  モニターを映すと、賀茂泉(かもいずみ)高校の制服を着た、見舞いに来たらしい女子が三人、そわそわと待っているのが確認できた。  蛍はインターホンに応答する事なく、玄関の扉を開けた。 「あなた、誰?」  同じ学校の制服を着た男子生徒の出迎えに、真ん中、先頭に立つ、ふわふわした茶色の髪をツインテールにした女子生徒が、蛍をまじまじと見つめる。 「竜生の…友達。竜生とは同じ部活で、家も近所だから、看病しに来てるんだ。君たちは何?」  予想は付いているが、敢えて蛍は問う。 「私達は志柿君のクラスメイトよ。…これを先生に頼まれたから、持って来たの。」  彼女が見せた用紙入りのクリアファイルを、蛍は素早く奪って確認する。それは文理選択の希望を記入する用紙で、まだ急を要するものではなかった。明らかに見舞いに来る為の口実である事を、蛍は見抜く。 「そう、有難う。俺から渡しておくね。」 「え、でも…。」  門前払いを喰らうと気付いた彼女達は、縋るような目で蛍を見た。 「竜生は今、眠ってるから。じゃあね!」  蛍は冷たく言い放つと、扉を閉めた。 「あ、ちょっと…!」  肩を落とし、すごすごと帰って行く三人の女子生徒をインターホンのモニターで確認した蛍は、不敵な笑みを浮かべた。  その顔を一旦リセットしてから二階へ上がる。 「誰だった?」  竜生の部屋へ戻ると、開口一番に訊かれた。 「竜生のクラスの女子。名前は訊かなかったけど、ハーフっぽい子と、その取り巻きっぽい子が二人。」  そう言うと、竜生は見当が付いたという顔をした。 「ああ、あの子達か。…追い返したの?」 「人聞き悪いな。部屋に通した方が良かったの?」 「いや…。」  蛍は女子生徒から受け取ったクリアファイルを、竜生の顔の前に翳して見せる。 「これ、わざわざ持って来たんだって。」 「ああ、三者面談があるんだったね。…父さんに連絡しなきゃな。」  今月中旬に、竜生の家族は一時帰宅をするらしかった。  賀茂泉高校では二年になると、文系コースと理系コースを選択し、クラスが分かれる。  それは現在、帰国子女の集められた、竜生の特別クラスでも例外ではなく、同じコースを選べば、竜生と蛍は同じクラスになれる確率が上がるのだった。  二人は理系コースに進むことを、付き合い始めてから約束している。 「今日は一晩中、看病してあげるよ。…竜生の服、借りていい?」  蛍は泊まり込みを示唆して、制服を脱ぎ始めた。 「悪いよ、そんな。風邪、移しちゃいそうだし…。」  竜生は蛍を気遣い、逆に彼を心配した。 「大丈夫だよ。俺、三日前、少しだけ風邪気味だっただろ?それを竜生に移したんじゃないかなって思ってさ。…同じ風邪は二度と引かないんだよ。」 「抗体が出来るからでしょう?」  制服のシャツのボタンを三つ外した状態で、蛍は竜生に近付いた。 「…抗体、あげるよ。」  蛍は唇を寄せる。病人相手だと分かっているのに、Hな衝動に駆られ始める。 「蛍君、…ダメだって。」  そう言いながらも、竜生は拒むことが出来ず、控え目だけれど長い蛍のキスを受け入れた。 「蛍君、お(うち)の人には連絡してるの?」  キスの後、竜生に問われると、蛍は徐にスマートフォンを取りに向かった。 「これからする。」  蛍が自宅に電話すると、竜生の状態を知った母が、自分も看病しに行くと言い出して、蛍は慌てて断った。  蛍の母と弟は熱烈な竜生のファンで、いつも会いたがっており、一度、志柿(しがき)邸にお邪魔したいと譫言のように繰り返していた。  その為、一、二時間は、蛍の母が弟付きで来るかもしれないという懸念が拭えなかったが、彼女達が来る事はなかった。  甲斐甲斐しく竜生の世話を焼いた後、蛍は風呂上がりのホカホカの体で彼のベッドに潜り込んだ。シングルベッドなので、かなり狭いが、蛍は密着度を楽しむ。 「…ハーフは1/2で、クォーターは1/4?…じゃあ、竜生に流れてるブルガリアの血は何分の何になるんだっけ?」  蛍が何気ない感じで疑問を口にすると、竜生が心配そうな顔を向けた。 「えー?1/8だけど。…大丈夫?蛍君、理系選択で間違いないよね?俺、同じクラスになりたいのに…。」 「うん。理系!…俺、数学はいいんだけど、ちょっとした算数が苦手なんだよね。」 「蛍君って、たまに不思議な子だよね…。」  竜生は笑みを洩らした後、間もなく寝息をたて始めた。薬の効き目の所為だろう。  寄り添って意識のない竜生の腕を抱き締めると、まだ繋がるコトを知らない蛍の体が、甘く疼き始めた。 ――早く良くなってね…。  高鳴る動悸を心地よく思いながら、蛍は静かに目を閉じた。

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