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20 学習する日々

 十二月中旬に入ると、長期休暇を取った竜生の両親と妹が、ロンドンから一時帰宅した。しかし、彼らは三日ほど滞在すると、ハワイ旅行へと出掛けてしまった。 「旅行、断って良かったの?」  終業式の帰りに、竜生(りゅうせい)の家に立ち寄った(けい)が尋ねた。 「断ったというか、日程がまだ冬休み前だったし、冬休み中も部活があるからって言ったら、じゃあ、お留守番ねって事になったんだよ。」 「そんなのって寂しくない?…家族の代わりに、俺が竜生の事、構い倒してあげるからね!」  少し涙目になって竜生に同情した蛍は、極度の寂しがり屋だという彼の父親を彷彿とさせた。  二階の竜生の部屋へ行き、ベッドに二人並んで腰かけると、蛍が鞄から一冊のBLコミックスを取り出して見せた。スーツ姿のイケメンが前を(はだ)けられ、口にはSMでよく見られるボールギャグを付けられているという、ハードな表紙で、明らかに18禁といった感じだ。 「昨夜、この本を読了致しました。」 「それ、桜井さんに借りた奴?」  竜生は表紙を見て、そう判断した。 「そう。ノンケ調教モノだよ。」 「中々ハードそうだね…。」  竜生は苦笑を浮かべる。最初に出会った頃の蛍は、極端に下ネタが苦手で、純真無垢な印象だった。それが短期間でエロい方向へ変化しているので、竜生は少し心配になっている。 「うん。知らないワードが沢山出て来て、勉強になってる。」 ――あー、やっぱり勉強しちゃってるのか…。  蛍のエロ知識は、BL本でのみ培われているので、竜生は悟すべきかどうかの、微妙な心境に陥ってしまう。それでも気を取り直して、蛍の興味に付き合う事にした。 「そうなんだ。…また、実現したい事、出て来たんじゃない?」  竜生は心の中で「未通なのに…」と秘かに付け加えた。 「うん。ドライでイき続けるとか、経験してみたい!」 「ああ、それね。俺もネットで見かけたから、調べてみたよ。…S字結腸攻めとかすればいいのかな?」  キラキラした目で言い出した蛍だったが、竜生の言葉に急に怯えだした。 「何、それ?怖い!…道具使ったりするの?」 「多分、俺ので届くんじゃないかな…?」  方やBL本からのエロ知識と、方やネットで調べているリアルエロ知識の差で、二人は時折、噛み合わない事がある。 「そんな感じなんだ…。」 「アダルトグッズ使った方がいい?」 「え?いや、多分、…竜生ので精一杯だよ。」  蛍は想像してしまったらしく、顔を赤らめた。  そんな蛍を可愛いと思った竜生だったが、再び心の中で「未通なのにね…」と付け加えた。 「竜生は…試したい事ある?」  蛍に振られ、竜生は正直に答える。 「…う~ん、と…中出し?」 「それは経験ないんだ…。」 「流石にね…。」  その話題から、蛍は別の疑問を浮上させる。 「ねぇ、男同士の中出しって、なんでお(なか)痛くなるのかな?」  急に無垢な表情になった蛍に、竜生は豆知識を披露する。 「それは男同士に限ってないと思うんだけど…。精液の成分の中にね、プロスタグランジンっていう生理活性物質があって、…それって生理痛とかの原因にもなる物質らしくって、女性でも下痢しちゃう人、いるんだって。」 「穴違いでも?」 「そう。子宮でも、直腸でもね。」 「プロ…スタ…?」  蛍が眉間に皺を寄せ始めたので、竜生は思考を切り換えさせる事にした。 「まあ、でもさ、単純に、腸内に液体注入って、考えただけでもお腹痛くならない?」 「ああ、うん、そうだね。…取り敢えず納得!男だけの問題じゃなかったんだ。…腸内に精液かぁ。」  蛍が頭を抱え込んだ。 「そんな悩まないでよ。俺は蛍君が望まない事は絶対にしないよ。」  優しさ全開の竜生に対して、蛍はキリリとした眼差しを向けて来た。 「分かってる。でも、俺も一回は中出し、体験してみたいって思う!…その時は、お願いするね!」  蛍に男らしさを感じた竜生は、ぎくりとさせられる。 「え?それって出す方で?」 「いや、出される方で。」  蛍に即答されて安心すると、竜生はムラムラ感を込み上げさせた。 ――ヤバい!今すぐ、ヤりたくなるじゃないか!  そんな竜生に気付かない蛍は、得たばかりの知識を展開していく。 「あ、因みに温泉浣腸は絶対されたくないな。」 「温泉…?何、それ?」  竜生が首を傾げたので、蛍は少し得意気な顔になった。 「俺も今日、知ったばかりのワードなんだけど、攻が受に挿入後、中にオシッコしちゃう事なんだって。」 「それって、実質不可能プレイじゃないの?…膀胱パンパンでも、勃起してたら排尿って難しいでしょ?」 「そうだっけ?…竜生は朝勃ちした時は、治まってからトイレ行く人?」 「…ギンギンでは行かない。蛍君は排尿出来る人?」 「…努力してする人。オシッコ出せば治まるって聞いた事があって、それ、信じてたから。」  二人の表情が辛そうに変わった処で、蛍は再びBLコミックスの表紙に視線を落とした。 「…調教と言えばさ、桜井さん、今、竜生の調教モノを執筆中みたいだよ。」  蛍の情報に、竜生は顔色を変えた。 「え?俺、調教されるの?…まさか、梨尾(なしお)君に?」 「相手は胡桃澤(くるみさわ)先生みたいだよ。俺的には胡桃澤先生、受なんだけど…。数輝(かずき)の方が良かったよね?」  同意を求められるが、同意出来かねる竜生だった。 「いや、どっちも、そもそも嫌だよ!」  蛍が普通にしている事から、『桃受R18』とは別に、竜生受のウェブサイトを桜井絢音(あやね)が作ったのではないかと、竜生は推測する。 「…もしかして、俺受のR18サイトとか作られてるの!?」 「あ、いやぁ、どうだったかな…?」  蛍が不自然に目を逸らした。そして、そのままポツリと呟く。 「今までの会話でさ、俺、勃っちゃったんだけど。」 ――まさか、俺の調教の(くだり)でじゃないよね?  少しだけ冷たい汗を掻いた竜生だったが、敢えて問わずに行為を誘う。 「…したい?」 「うん。あ、いつものレベルで…!」  肩を抱き寄せられた瞬間、蛍は上限を申し出た。 「今日は、ちょい上のレベル試そうよ。」  そんな蛍に、竜生は交渉を持ちかける。 「何…?」 「スマタ…、試してみたくない?」  怖いながらも興味を示してくる蛍の耳元に、竜生は囁いた。 「それ、特に準備いらない奴だよね?」 「うん。」  竜生が蛍のベルトに手を掛けると、抵抗をみせる事なく、蛍はキスを求めてきた。  どうやら、交渉は成立したようだった。

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