29 / 33
24 いびつな三角
三学期の始業式の後、帰宅時を迎え、竜生 は蛍 が待つ、一年三組へ向かっていた。
その途中、二組の教室に戻っている風の数輝 に出会う。
彼のカミングアウトを受けてから、改めて会うので、竜生は少しだけ気構えた。
「恒例のお迎えか。…でも、残念!蛍なら優香 先輩に呼び出されて、部室に行ったみたいだよ。」
数輝がいつもと変わらないトーンで報告してくれた。それを疑う訳ではないが、竜生はスマートフォンを確認する。
「あ、本当だ。蛍君から連絡来てた。」
数輝が微笑むと、竜生は少しだけ警戒心を緩めた。
「俺達も部室、行こうよ。…ちょっと、待っててね。荷物、取って来るから。」
断る事も出来ず、竜生は数輝と一緒に部室へ向かう事にした。
部室棟へ続く二階の渡り廊下まで辿り着くと、一気に冬の外気に晒された。学校指定のPコートを着ている二人だったが、寒さに思わず身を竦めてしまう。
無人の渡り廊下を歩き出すと、不意に数輝が竜生の頬にキスをした。
一瞬だけ足を止めた竜生だったが、特に感情の籠らない目で数輝を一瞥すると、気にしない体 で歩き出した。
「ビビらなくなったね。」
若干、驚いてる風の数輝に、竜生はクールな笑みを見せる。
「君の本心を知ってしまったからね。」
「貞操の危機がなくなったって?」
「それもあるけど、君の正体がライバルだって分かったからね。」
竜生にライバルと称されて、数輝は急に表情を曇らせた。
「ライバルじゃないだろ?そっちは付き合ってて、ヤる事ヤッちまったくせに!」
数輝の指摘を受け、竜生は彼の洞察力に脱帽する。
「…本当に蛍君の事、分かるんだね。そこだけは羨ましいし、妬けるよ。」
「…ヤッたの?」
数輝の愕然とした表情から、今までの様に彼が察していた訳ではなかった事に、竜生は気付かされた。
「え…?今回はカマかけ?」
数輝が答えなかった為、二人の間に少しの沈黙が訪れた。
それを破るように竜生が問う。
「梨尾君はこれから、どう出るつもり?」
その問に、数輝は何か企んでいるような悪い顔ををする。
「そうだな…。志柿 君をメス堕ちさせて、蛍を抱けなくするとか、どう?」
「メス堕ちって、梨尾 君が俺を…?いや、(童貞だし)無理でしょ!中々のサイコパス思考だね。…普通なら、正々堂々と告白ぐらいしてみるもんだよ。」
竜生は数輝の邪な提案を、真っ向から打ち砕いた。
「振られるの分かってて、告白なんか出来るワケないだろ?…それよりも志柿君の体で練習させて貰って、自信が付いたら、蛍を体からモノにする方が、可能性がある気がする!」
「無いから!…逆に嫌われて恨まれるのがオチだからね!」
軽く言い合いになったところで、部室棟の方から蛍が姿を現した。二人の下へ走り寄って来る。
「竜生!迎えに来てくれたんだ!…数輝は部室に用?今、七竈 部長が来てるよ。」
「元部長ね。…ゲームの進捗状況、気にしてんだろ?」
数輝が訂正した元部長の来訪の報せに、竜生は人知れず懸念を浮上させた。
元部長の七竈は、数回、ゲーム研究部に顔を出した事があり、既に面識のあった竜生だったが、最初、元部長が男子であった事に衝撃を受けさせられた。と言うのも、元部長がBLの恋愛シミュレーションゲームの製作を所望したという処から、腐女子の先輩を想像していて、裏切りを受けたからだった。
それに加えて、そのBLゲームに蛍を登場させるように要望した事を冬休みに知り、竜生は七竈が蛍をどう見ているのかが気になっていた。
「もしかして、梅村先輩からの呼び出しじゃなくて、七竈先輩からの呼び出しだった?」
「うん。…前にね、先輩推奨のギャルゲーを借りる約束しててさ。で、忘れた頃に持って来てくれた。あ、あんまりHくないヤツね!」
竜生の問に、蛍は経緯を話し、序でに体裁も繕った。
「ギャルゲー?」
竜生が気になった単語を疑問形に発すると、数輝が代わりに答える。
「先輩は恋愛シミュレーションゲーム専門の人でさ。相手が男でも攻略出来るって言ったのが切っ掛けで、今回のゲーム製作が決まったんだよね。…先輩は志柿君が思っているような、腐男子でもゲイでもバイでもないよ。」
「いや、そんな事、俺は…!ただ、蛍君をゲームの隠しキャラにした事が気になってて…。」
数輝に核心を触れられ、竜生は少しだけ狼狽えた。
「あ、それな!さっき、訊いてみたんだけど、難攻不落な隠しキャラとして、俺みたいな子を出してってリクエストしたら、俺になってしまってたみたい。…隠しキャラがネタバレになって、怒られちゃったよ。」
蛍の苦笑混じりの答えに、竜生の懸念が薄まった。
――蛍君に対して難攻不落って考え方が、ちょっと不透明なんだけどな…。
「竜生、帰ろ!」
蛍が竜生の肘に手を掛けた。
「俺は部室に寄ってくよ。」
数輝は一人、部室棟へ足を向けた。その彼に蛍が声を掛ける。
「あ、数輝。七竈先輩がちょっと太っちゃってるから、梅村先輩が絶対そこに触れるなって言ってた。絶対、ぽっちゃりメガネとか言うなよ!」
「言わねぇよ!」
数輝は振り返ると、再び蛍に近付いた。そして彼に囁く。
「そういや言い忘れてたけど…。処女喪失、おめでとう。」
「な…!」
蛍は言葉を失い、竜生に心外だといった瞳を向けてきた。
「いや、違うんだって!カマかけられちゃって…。」
竜生の言い訳に、蛍は数輝に視線を移し、彼を睨んだ。
「今度、感想聞かせてよ!」
「誰が言うかよ!」
蛍が繰り出した怒りの鉄拳をひらりと躱し、数輝は軽く別れの挨拶をして立ち去った。
「ご免…。でも、具体的な内容は、一切、話してないから。」
「当たり前だよ!」
謝る竜生を置いて、蛍は顔を紅潮させて歩き出した。竜生は慌てて、その後を追う。
蛍を宥めながら、竜生は数輝からの悪意を感じた。
――梨尾君、正々堂々としてくれた方がいいのにな…。
いっその事、数輝の気持ちを、彼の本性と共に蛍に話してしまおうと思った竜生だったが、身近における性的少数者に関しての他言については抵抗があり、口に出さない事に決めた。
ともだちにシェアしよう!