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25-1 揺るがない想い
一月も終わりに近付いた日曜日、蛍 は一人で幼馴染の数輝 の家を訪れた。
蛍が購入を迷っているゲームのソフトを数輝が入手し、そのお試しプレイをさせて貰う約束をした為だった。
リビングルームに通されると、蛍は人の気配を探った。
「今日、誰も居ないんだ?」
日曜の正午近くだが、ダイニングルームに誰も集まってくる気配はない。
「言ってなかったっけ?父と兄は仕事で、姉は旅行中。母は友人とランチに出掛けた。」
蛍の問いに、数輝が簡潔に答えた。
「相変わらず、数輝以外は予定詰まってる一家だね。」
蛍は納得して見せると、別段、気にした風もなく、リビングルームから続いている、ゲーム専用部屋に足を運んだ。
ゲームのコントローラーを数輝に手渡され、蛍が電源ボタンを押すと、四つ並んだTVの一つが連動していて、勝手に起動した。
その画面の前に蛍が座ると、数輝も椅子を蛍の背後にずらして座った。
一時間程プレイして、セーブ画面を出した蛍は、ぽつりと呟く。
「正直、一作目の方が好きだったな。」
「ストーリーの評価は高いらしいよ。」
「うん…。でも、やっぱ、作り手変わった感が、俺的にダメだわ。」
そのゲームを買わないと決めた処で、蛍は帰る気配を見せ始めた。
「あのさ、帰る前にオムライス作ってよ。」
急に数輝が、蛍のセーターの裾を掴んできた。
「無理だよ…。俺はこれから…。」
約束があると口にしたかった蛍だが、数輝がそれを遮った。
「久し振りに、蛍の作ったオムライスが食べたいんだよ。」
蛍は溜息を一つ落とし、渋々承諾した。
数輝はデカい図体からは一見、想像し難い末弟気質で、我が儘を押し通すのを常としている。対する蛍の方は、面倒臭がり屋だが、実は長男気質で、敢えて公にはしていないが家事スキルが高い。ここはさっさと言う事を利いた方が、早く帰れると蛍は判断したのだった。
「ちゃんと材料あるんだろうな?」
「多分ね。」
嬉々とした数輝が、キッチンへ蛍を誘導した。
「志柿 君は、蛍が料理出来るって知ってるの?」
「知ってるよ。」
蛍の一言は、幼馴染の優越感らしき感情を、一瞬で打ち砕いたようだった。
数輝が準備した材料で、蛍は手際良く作業していく。鶏肉が見当たらなかったので、ウインナーを薄く切って、エセチキンライスを作る事となった。
数輝は邪魔しないように、キッチンのカウンター越しに蛍を見守る。
やがて、頃合いを見図るようにして、数輝は切り出した。
「…なあ、蛍。…志柿君がイギリスから帰って来た、本当の理由を推測してみたんだけど。」
「本当の理由?親の海外勤務が終わるから、先に帰って来たって聞いてるけど。」
蛍は一瞬だけ怪訝な顔になったが、手は止めずに言葉を返した。
「本当は、あっちでの乱れた性生活に親が気付いて、帰されたのが真相じゃないかと思ってさ。」
「くだらない推測。」
「…けど、有り得ない話じゃないだろ?」
食い下がる数輝に、蛍は溜息を吐いてみせた。
「有り得ないよ。そんなんだったら、一人暮らしなんて、させて貰える訳ないだろ?…なんか悪意を感じるんだけど。数輝、どうしたんだよ?」
目分量のケチャップで、エセチキンライスを作ると、蛍は卵を二個、器用に片手で割った。
「蛍の事が心配なんだよ。このまま志柿君と付き合い続けて、捨てられて傷付くんじゃないかと思ってさ…。」
「…俺達、上手くいってるよ。」
蛍は動じる事なく、卵を溶いていく。
「今はね。でも、志柿君は両性愛者 だろ?バイはいつ女に走るか分からないって言うぜ。」
「それを言うなら、俺だってバイだよ。竜生の方が、遥かにゲイ寄りだって思う。」
「蛍は…今更、女に走れんの?」
溶いた卵に、これまた目分量で牛乳とマヨネーズを少量加えると、蛍は目線を数輝の顔まで上げた。
「…数輝の言いたい事って、志柿君はやめて、ゲイである俺にしときなよって感じ?」
「何でそう思った?…まさか、志柿君から聞いた?」
たじろぐ数輝を確認した後、蛍は手元に視線を戻すと、再び卵を箸で掻き混ぜ始めた。
「竜生は言わないよ。…結構前から、数輝は俺の事、恋愛の対象として好きなんじゃないかな…って、感じてたからさ。」
蛍の言葉に、珍しく数輝は顔を紅潮させた。
「じゃあ、リアルがダメって言い張ってたのって、俺に告白されない為の予防線だったのか?中三の終わりくらいから泊まりにも来なくなって、スキンシップも極端に嫌がるようになったし…!」
数輝は語気を強め、蛍に手を伸ばした。しかし、蛍が反射的に後ろに退いた為、その手は宙を掠めた。
蛍は作業を一時中断する。
「違うよ。ゲイじゃないなら、リアルがダメなのは普通だろ?泊まりに行かなくなったのは、数輝が急に大きくなって、比べられるのが嫌だったから!スキンシップの件は…。」
急に口を閉ざした蛍に、数輝は引き下がらない視線を送る。
「…何?」
躊躇った後、蛍は重い口を割る。
「高校に入って、バス通学になってからさ、…痴漢に合うようになったんだ。それから、男同士のスキンシップがダメになったんだ。」
数輝は初めて知った事実に驚くと同時に、一人受け入れられている人物の顔を思い浮かべた。
「それでも志柿君は良かったんだ?」
「竜生は俺を痴漢から助けてくれたんだ。…多分、その瞬間に、俺は竜生の事、意識しちゃったんだと思う。」
はにかむ蛍に、数輝はムッとした顔を向けた。
「恋愛の対象として?…なんだよ、そのエピソード!俺だって、その場にいたら、助けてやったよ!」
「本当に?一緒に触ったりしなかった?」
「しねぇよ!」
「冗談だよ。…ただ、運命的な出会いをしたのは竜生だったから。ご免ね、数輝。」
この話は、これで終わりと言った風に、蛍は調理を再開させた。
少し小さめの、別のフライパンを温めると、先程、掻き混ぜていた卵を流し込む。
そこで、一瞬、沈黙したかのように見えた数輝が、話を終わらせない方向に進める。
「じゃあさ、諦めてやるから、一回、ヤらせてよ。」
「…あー、そういう展開のBL本、あったよね!」
蛍は軽く流すと、形を楕円に整えていたライスを、火の通った卵の上に、そっと置いた。そして器用にライスを卵で被っていく。
「話、茶化すなよ。」
「ヤって普通に戻れるって思ってる?」
「ヤってみないと分からない。」
「拗らせるのが目的なら、もう友達やめるけど?」
引き下がらない様子の数輝に、蛍は切り札を突き付けた。それには数輝の強引さを、打ち消す力があった様だった。
「キツい事、言うな…。」
「ご免、数輝。…俺は竜生が好きなんだ。」
蛍は強い意思を見せる。
「キスもダメ?」
「ダメ。」
百歩譲っても了承の得られない数輝は、そこで爆弾を投下する事を決めた。
「志柿君とは…俺、キスしたよ。」
「は?」
一転して、蛍は眉を顰めた。その表情に、数輝は口角を上げる。
「志柿君の方からね。…俺のファーストキス、奪われちゃった。」
蛍は無表情になると、フライパンを勢い良くひっくり返し、オムライスを皿でキャッチした。
「…そう、良かったね。はい、オムライス完成!じゃあ、帰るね。」
仕上げに、オムライスの上で、乱暴にケチャップを一握りしてブチ撒けると、有無を言わさない姿勢で数輝の家を出た。
蛍を止められなかった数輝は、悲しげにオムライスを見つめる。ダイニングテーブルに移動すると、一人寂しく昼食を摂りながら、数輝は失恋の痛手の変換先を模索し始めた。
――畜生…!BL小説投稿サイトに、蛍の実名使った凌辱物、アップしてやる!
負の感情に囚われた数輝だったが、一口頬張った懐かしいようなオムライスの味に濾過されて、純粋な悲しみのみを残した。
そして、溜息を吐く。
――取り敢えず、…童貞、捨ててぇな。
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