31 / 33

25-2 揺るがない想い

 ダウンジャケットを羽織り、(けい)梨尾(なしお)家の玄関を出た。外は雨雲が広がり、小雨がぱらついている。  蛍は急に体から力が抜け、全身が震えるのを感じた。それは寒さの所為ではなく、数輝(かずき)の事が途中から怖くなっていた為だった。それを気取られれば負けが確定すると思い、噯気(おくび)にも出さないよう、気負っていた。 ――もう、大丈夫…。  心の中で蛍は自分に言い聞かせ、ショルダーバッグから折り畳み傘を取り出すと、それを差して歩き始めた。  今日は昼過ぎに、竜生(りゅうせい)の家に行く約束をしている。蛍はスマートフォンを取り出し、竜生に近況のメッセージを発信しようと思い立ったが、浮かない表情で取り止めた。  蛍の心の中は、今の天気と同じように暗雲が立ち込めており、何故だか傷付いた痛みすら感じていた。 ――数輝とのやり取りの所為…かな?それとも数輝にキスした竜生の話を聞いたから…?  自問自答しながら五分近く歩道を歩いて、梨尾家最寄りのバス停に辿り着くと、蛍は小さく声を上げた。そこに自宅で待っている筈の竜生の姿があったからだ。 「迎えに来てくれたんだ?」  蛍は慌てて笑顔を作った。  バス停の屋根の下、蛍は傘を閉じて竜生の横に並んだ。その二人の間は微妙に離れている。 「ちょっと心配だったからさ。」  どれくらい、この悪天候の真冬のバス停で待っていてくれたのだろうか。小さな屋根付きではあるが、風避けになる物はなく、竜生の頬や鼻は赤くなっている。ダウンコートを着ていても、体の芯まで冷えてしまっているのではないかと思われた。  蛍は人知れず、胸を熱くさせられる。 「…数輝に襲われてるかも知れないって思った?」 「うん、少しね。…何かあったんじゃない?」  微妙な距離感の蛍の顔を、竜生は心配そうに見つめた。  人通りも少なく、二人だけのバス停なのだが、蛍は何処か話し辛そうだった。  少しの間の後、蛍は竜生との距離を詰めると、小さな声で報告する。 「数輝の気持ちを知ってたんだけど、告白される前に振ってやった…。」  そんな蛍に耳を傾け、竜生は真剣な顔で聞き取った。 「彼、納得してた?」 「微妙…。あ、でも、取り入る隙は見せなかったから。」  蛍が微笑すると、竜生は安堵と共に、表情を緩めた。その瞬間を突くように、蛍は問う。 「数輝とキスしたんだってね?」  唐突な問いに、竜生は目を泳がせたが、後ろめたい事ではないと思い直すと、正直に話す事にした。 「その…、一瞬だけだよ。彼が俺に気がある振りしてるのが気に食わなくなってね。…本心を確かめる為に、軽く触れてみただけなんだ。」  蛍は竜生の目を見ると、状況を把握したのか、咎める雰囲気を掻き消した。 「それで、本心、分かったの?」 「だから迎えに来たんだよ。」  竜生の答えに、彼なりにやきもきしていた事を蛍は察した。 「そういう事なら、…まあ、許してあげるよ。」  蛍の言葉に胸を撫で下ろした竜生だったが、空元気の雰囲気を纏っている蛍が気になり心配した。  バスが来て、乗り込んだ二人は、人の目がある中、とりとめのない会話で過ごした。  竜生の部屋に落ち着いてからも、何処かぎこちない蛍は、触れられない距離で竜生と対話している。 「あのさ、…実は怒ってる?」  見かねて発した竜生の問いに、蛍は少し驚いた顔をした。それから首を横に振り、否定した後、悲しげな表情を浮かべた。 「今日、天気悪いし…数輝との会話で、色々改めて思った事があって、ちょっとマイナス思考になってるみたいなんだ…。」  いつしか雨は窓に打ち付ける程、酷くなっていた。 「泣くとスッキリするかもね?…俺、席外そうか?」  感情が入り乱れているような蛍の心情を、竜生は察する。そんな蛍に気遣いを見せると、彼は笑顔を作った。 「いいよ。泣かないし…。」  そう言ったものの、蛍は不意に目を潤ませた。 「…あのさ、俺、女の子じゃなくてご免ね。」  蛍の言葉に竜生は面食らい、そのまま彼を見つめた。 「どうしたの?急に…。」  体育座りの蛍は両膝に口元を埋め、その表情を隠そうとする。 「相手が俺だと、これから先、苦労すると思って…。」  居たたまれず、竜生は蛍の傍に寄ると、彼を抱き締めた。 「それを言うなら、俺だって女の子じゃなくてご免!先に好きになって、近付いたのは俺の方だし…。」  蛍の切なさが竜生にも伝染していく。  竜生自身も日頃から、全く思わない事ではなかった。  蛍の家族に優しく迎えられる度に、竜生は彼に性的な事をしている自分を、後ろめたく思う事があった。  蛍も竜生を取り巻く環境に対して、同様の気持ちでいるのだと汲み取る。 ――そんな事…考え出したら、解決策はひとつしかないんだよ。  その”ひとつの解決策”、即ち”別れる”選択を、竜生は何があっても打開しようと心に決めていた。 「…同性だからってさ、この気持ちを止められる?」 「竜生が困るんだったら、止められ…る。」 「俺は止められないよ。性別関係なく好きになっちゃったんだからさ。」  蛍が顔を上げた。 「性別…関係なく…。」  竜生の言葉の一部を反芻すると、蛍は体勢を解き、竜生に体を預けた。そして徐に口元を綻ばせる。 「凄いね、竜生。今の言葉で俺達の関係が、…少し正当化された気がする。」 「俺は間違ってるなんて、思ってないから…。」  竜生は蛍の頬にキスをした。その唇に蛍が素早くキスを返す。 「うん、わかったよ。」 「わかった序でに宣言しとくけど、俺達の関係が大人になっても続いていたら、俺はお互いの両親にカミングアウトして、絶対に俺達の事、認めて貰うからね!」  竜生の熱い言葉に蛍は頬を赤らめ、緩みそうな口元を無理に引き締めた。 「…続いてたらね。」  気乗りしないような返事をした蛍だったが、心の底では、その未来を願った。 「…好きだよ、竜生。」 「うん。俺も蛍君の事、愛してるよ。」  蛍は上目遣いで竜生の優しい眼差しを捉えると、耐え切れず、彼の胸に顔を埋めた。 「…人前でとか、絶対考えられなかったんだけど、…やっぱり泣いてもいい?」 「いいよ。…そんな日もあっていいと思う。」  竜生の暖かな抱擁の中、蛍は聞き取れない程の嗚咽を繰り返し、やがてそれは号泣へと変化していった。  やがて雨が上がり、部屋に明るい陽射しが差し込む頃、笑顔を取り戻した蛍に、竜生が優しいキスをひとつ落とした。 ――END―― ※一応、ここで終わりですが、エロ有りENDがOKの方のみ、次話を読んで下さい。

ともだちにシェアしよう!