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第2話
夏休みに入った。
毎年この季節になると
オーケストラ部は合宿をする。
練習は、管楽器・弦楽器パート、
管楽器はさらに木管・金管楽器ごとに
プロのトレーナーがつく。
今年は卒業生で、現役芸大生の
佐倉先輩が駆けつけてくれた。
彼はチェロ専攻で、
その並々ならない表現力で
オケ部時代から期待の星だった。
合宿の練習は、
午前中に弦、木管・金管ごとの練習。
夕方に全体練習をする。
休憩中か夕方でないと
管・弦とも別パートには会えない。
学祭は秋でまだまだ時間があるし
合宿だからみんな結構気楽だ。
だから休憩中は他のパートの子と
楽器を交換して遊んだりする。
期末試験最終日、僕は薫さんと
ちょっと気まずい別れ方をした。
あれから2週間、
彼は全く連絡を取ってこなかった。
僕もしなかった。できなかった。
合宿のバスも別の席だった。
でも部屋は同室。10人部屋だから
2人きりで話すチャンスなんて
多分ないだろうなあ。
はぁ、練習頑張ろう。
夕方の合奏をする前に
少し時間があったので
僕は合宿最終日の練習をした。
最終日は、有志で恒例の
ミニコンサートをするんだ。
何となく楽譜を弾き流していると、
左耳がビリッとした。
キレの良いスタッカートで
軽快に伸びる厚味のある響き。
ピアノの伴奏に
クルクルとらせんを描いて絡みつき
からかうような
くすぐったくなるような
音階を奏でる。
(ツェレプニンの『アルミードの館』
なんてまぁ、マニアックな選曲。
バレエ知らないとわかんないよ)
僕は手を止めて目を閉じた。
グイグイとカラダに入り込んでくる
力強い、でも甘い熱い塊
低音から高音へのびるうねりが
僕の足首に巻きついた。
「ひゃっ!」
僕は思わず握っていた弓を
投げ出してしまった。
演奏が終わるか終わらないかで
突然僕が叫んだので、
皆んな目を見開いて僕に注目した。
わっ恥ずい。
「ごっごめん、虫が顔に当たった!
あはははは、、、」
僕は焦ってごまかした。
それよりも弾いていたのは誰?
ピアノ伴奏はOBの佐倉先輩、
チェロは、あの音は、、、、
左後ろを振り向くと
(薫さん!?)
「え?薫さんて、チェロ弾きなの?」
時間が来て
そのあとの質問は続けられなかった。
あとは上の空で合奏。
アルルの女がこんな上の空の
軽々しい伴奏になってしまうなんて。
うう、ビゼーごめん。
結局、弦パートは練習が伸びて
管パートの奴らとは
風呂に入れなかった。
別に一緒に風呂に入ったからって
何かあるわけでもないけど。
消灯時間になった。
とはいえ年頃のヤローども。
まともに寝るはずがない。
猥談、怪談、青春の語り、などなど。
宿泊地は山の中だから
抜け出して買い物さえできない
真っ暗!くっそ!
度々顧問の先生が来て
文句を言われたけど
さすがに連日の疲れも出て来て
周りから聞こえていたボソボソが
ぐうぐうに変わり始めた。
僕はというと、
全くそれどころではなくて
頭はチェロを奏でる薫さんのことで
はちきれそうだった。
(なんで今まで
気づかなかったんだろう?
あのグイグイくる音の波は
ホルンとはいえ、毎回アルルでも
散々聴いていたじゃないか)
夕食の後、僕は直接聞き辛くて、
佐倉先輩に薫さんの事を尋ねた。
「かっしーは多趣味だからなぁ。
アイツ元々チェリストなんだよ。
だけど小学校って
ほとんどブラスバンドしか無くて
で、アイツノッポだから
担当したのがユーフォニューム。
でもさ、オケにはユーフォないじゃん
だからホルンにしたって言ってたよ。
でも中学の頃はよく俺の弾いてたな」
その時の僕はぼうっとしてしまって
佐倉先輩が
なんでニヤニヤしていたのか
全く気づきもしなかった。
悶悶と想いを巡らしていたら
布団がそっとめくられ
横に誰かが入ってきた。
(か、かおるさんっっ)
(しいっ)
薫さんは僕の唇に人差し指を当てた。
薫さんの指にキスしちゃった。
うわー
身体中が熱い。多分顔も真っ赤かも
皆んなに気づかれちゃうよ。
慌てた僕に、薫さんがつぶやいた
(へいき、みんな寝ちゃったよ)
目の前に薫さんの顔。
メガネかけてない。初めて見た。
いや平気なわけないじゃん。
(驚いた?ごめんね、黙ってて)
目の前の薫さん、
なんでそんなに優しい顔をするの?
戸惑う僕の頰が大きな両手で包まれる
(安心して。
最終日、僕は白鳥を弾かないから。
だからって
アルミードでイッちゃダメだよ。
その代わり、、、)
彼は少しはにかみながら僕に言った。
(合宿が終わったら
ウチへ泊まりに来てくれる?)
僕はこくこくと頷いた。
(うん、じゃあおやすみ)
興奮していたはずなのに、
薫さんの暖かい手に包まれて
僕はすうっと目を閉じた。
(つづく)
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