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第4話

 ◇  生田がいる時は絶対に来られない屋上で、弁当のふたをひらいた。  もう少し暖かくなると人気の出るこの場所も、まだ少し風が冷たい今日は誰もいなかった。  春の匂いを含んだ風を大きく吸い込む。本当は、風邪気味な時にこんな場所にいちゃいけないんだろうけど。それでも今日は、なんだか新鮮な空気を吸いたくなった。  生田の存在のおかげで、多分俺は他の生徒よりも室屋との距離が近い。だけどそれは結局〝生田〟あってのもので、それ以上でもそれ以下でもない。間にある生田って存在が消えてしまえば、簡単に失うようなそんな関係。  前はそれだけでも満たされる気がしていたけど、今はなんだかもう、ダメみたいだ。  間近で室屋が生田の世話をしているのを見ると、ひと目もはばからず胸元を掻きむしりたくなる。  だからって生田に八つ当たりしたって仕方ないのに、羨ましいって気持ちが抑えられなくなってきてる。  多分室屋は、自身に向けられる嫌味や悪意には柔軟な対応を見せるだろう。だけどそれが一度別方向へと、大事なものへと向けられたら、あの優しい笑は一瞬で消えるに違いない。  このままだと俺は、室屋に確実に嫌われることになる。関係を深めることはできなくても、せめて…嫌われることだけは避けたかった。 「そろそろ、離れるか…」  懐いてくれいている生田には悪いけど、もうこれ以上気持ちが持ちそうにない。そう思ってひとり呟いた瞬間、 「こらっ、風邪っぴきがどうしてこんなところにいるの!」 「…室屋?」  今しがた、離れようと決意したばかりの相手がそこにいた。 「ダメでしょ、朝からあんなに咳いてたのにこんな寒いところにいたら!」 「いや、そんなに酷くないし」 「そういう問題じゃないから! ほら…顔が赤くなってる。熱が出てきたんじゃない?」  室屋が、俺の頬を両手で挟んで自分のおでこをくっつけた。あまりの素早さに、俺は何が起きたか分からないまま呆然とする。 「んー、そんなに高くはなさそうだけど…ちょっと心配だな、保健室行く?」  矢継ぎ早に言われる言葉に頭が追いつかない。だけど、その俺に向ける心配ぶりと世話の焼き方に、ふつふつと怒りが湧いてきた。 「俺は大丈夫だから」 「全然大丈夫じゃないでしょう? ほら、立てる? 俺に掴まって、保健室行こう。辛いなら家帰ろう、俺が送ってくから」  室屋の指が俺の頬を優しく撫でたところで、頭の中で何かがキレた。 「やめろよ!」  バチンと凄い音を立てて弾かれた手に、室屋が目を白黒させる。 「お前、俺を生田の代わりにしてんだろう! アイツがいないから手持ち無沙汰なんだろう! だからって、俺を生田みたいに構うのやめろよ! 俺はアイツじゃないッ!」  地面に散らかってしまった弁当箱を荒い手つきで仕舞うと、それを引っ掴んで室屋に背を向けた。だけど、それは室屋の長い腕によって簡単に引き止められてしまった。 「待って梛原くん! 俺、君を奈央の代わりだなんて、一度も思ったことないよ!」  ああ、そうだよな。生田…じゃなくて〝奈央〟の代わりなんて、どこにもいないよな。俺がアイツの代わりになれるなんて、おこがましい話だよな。  でもじゃあ、なんで俺にあんな触り方するんだよ!  悔しくって、涙が出そうで、唇を思い切り噛み締めた。 「あぁ…ダメだよ、そんなに噛んだら血が…」  室屋の親指が俺の唇に当てられる。なぞられるその感覚に背筋がぞくりと粟立った。 「だからっ、ヤダって! 代わりじゃないなら、なんでこんな変な触り方すんだよ!」  男同士で、こんな触れ合い方普通しないよ! 力いっぱい叫んでやれば、何故か室屋が顔を赤く染めた。  なんだよ、生田への気持ち、今更自覚したとか言わないよな。  訝しんだ目で睨みつければ、室屋はバツが悪そうに口を開いた。 「俺、変な触り方してた…?」  は? 「してた。肩組んだりするときも、なんかしっかり掴んでくるし…さっきも頬っぺた撫でるし。男友達の唇なんか、普通指で触ったりしないだろ」  言えば室屋は赤かった顔をもっと濃く染めて、耳の端まで染め上げた。 「奈央には…そんなことしてない」 「え? なに?」  珍しく室屋が口ごもる。 「奈央は…ほんとに昔から一緒で、ずっと世話するのが当たり前で」 「…うん」 「俺は兄弟がいないから…奈央が本当の弟みたいで、家族みたいに思ってるから、心配するのは反射みたいなもので…」 「………うん、」  聞いていて、死ぬかと思うほど苦しくなった。こんな面と向かって奈央大好きアピールしてくれなくてもいいのに。そう思った瞬間、予測もしてなかった爆弾を、室屋が投下した。 「でも、なんか梛原くんは心配っていうか…どうしてか構いたくて堪らなくて」 「んあ?」  きっと間抜け面を晒したに違いない。俺は大口を開けてポカンとした。 「朝会ったとき、寝癖で髪が跳ねてると触りたくなるし、口元にパンくずついてるのも取ってあげたくなるし、可愛くて仕方なくて、とにかく触りたくなって。…でも触ったら気持ち悪いと思われるに決まってるから、とりあえず奈央で…」  隣の触りなれた生田を、いつも以上に構って気を紛らわしていた…と? え? 「今日は奈央がいないから、流し方が分からなくて…ごめん、やっぱり気持ち悪かったよね。俺、自分で手が伸びてる自覚がなくて」  どうしよう…やばいな…なんて、好きな奴に赤い顔して呟かれたら。 「べ……べつに、気持ち悪くねぇし…誰かの代わりじゃねぇんなら、その…」  触ってくれても別にいいんだけど、とか。そんなこと、言った日には…。

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