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第10話

××× 僕の住居と最寄り駅の中間にある、二階建てのアパート。 流行に左右されないシンプルな造りは、古臭さが残るもののそこまで気にならない。きっと、清掃管理が行き届いているんだろう。 植え込みにはライトアップが施され、建物や樹木が幻想的に映る。 カンカンカン…… 外階段を上って一番奥の部屋。鍵を取り出し解錠した若葉が、玄関のドアを開けた。 パチンと電気を付け、若葉が先に上がる。その後に続き、キッチンスペースを通り抜けてリビングに入れば、そこは余りに殺風景で。生活感が一切感じられない。 「……」 なのに……何でだろう。 甘いお香を焚いたような匂いが、微かに鼻腔を擽る。 「適当に座ってて」 そう促され、部屋の真ん中にある楕円形の小さなテーブルへと向かう。と、扉付きのカラーボックスの上に飾られた、学生服を着た父と若葉の写真が視界に入った。 「……格好いいでしょ?」 トレイを持った若葉が、そう言いながらキッチンから戻る。テーブル前に両膝を付くと、湯気の立つティーカップをそっと置く。その所作は、やはり綺麗で。目が離せなくなる程魅力的に映る。 「本当はもっと、達哉の話をしたいんだけど。……それは、また後でね」 「……」 「部屋(ここ)、狭くてびっくりしたでしょ」 さらっと話題を変えながら座るよう手で促され、怖ず怖ずと毛足の長いラグマットに腰を下ろす。 「隣の部屋は、ここよりも少しだけ広いの」 そう言ってスッと立ち上がった若葉が、引き戸を大きく開ける。 「……」 暗闇だったそこに部屋の灯りが射し込み、若葉の影が長く伸びる。仄暗い室内にあるのは、壁際に畳まれた布団が一組。……他には、何もない。 「たまに寝る位で、殆ど使わないから綺麗でしょ」 「……」 「さくらの私物、ここに全部入るかしら」 そう尋ねた若葉の眉尻が、少しだけ下がる。 「……」 ……いいんだろうか。 僕の叔父だと言うこの人と、このまま一緒に暮らしてしまって。 不安がない訳じゃない。 優しさに甘えて裏切られた経験が、続けて二度もあったから。このまま信用してしまっていいのか。後になって、大きな代償を支払う事になってしまったら。そう思うと……怖い。 『僕と一緒に、暮らさない?』──そう言われて嬉しかった癖に。いざ現実味を帯びたら、警戒心が芽生えて怖じ気づいてしまうなんて…… 「………はい。充分です」 そう答えれば、若葉の表情から陰りが消えた。

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