42 / 71

第42話

……そっか。 あれからもう、一年が経つんだ。 「……」 風に晒され、肌から容赦なく熱を奪われる。きっと満開に近付いた途端、天候が下降し、吹き荒ぶ春の嵐に見舞われ、儚く散ってしまうんだろう。 それでもいい。 ……淡い期待が、僕の胸の中で疼く。 * カン、カン、カン…… アパートの外階段を上り、一番奥にある部屋へと向かう。と、そのドアが大きく開き人影が現れた。 ……え…… 黒スーツにオールバック。細身で高身長。面長の顔。吊り上がった目尻。薄い唇。 竜一とは比べものにならない程の威圧感があり、全身を纏うオーラはドス黒く、毒々しくて禍々しい。 コツ、コツ、コツ、コツ…… 姿勢の良いその男性(ひと)が、真っ直ぐ前を見据えたまま此方に向かってくる。 「……」 強張る身体。 そのオーラに気圧され、端に避ける。 コツ、コツ、コツ…… すれ違い様、男が横目で僕を捉える。 たったそれだけなのに。特に意味なんてない筈なのに。その強い眼力に呼吸が浅くなり、足が竦む。 「……お前が……さくら、か……」 コツ…… 男の足が止まる。 合わせてしまった目を、上手く逸らせない。 怖ず怖ずと上目遣いで見つめ返せば、此方に身体を向けた男が片手を伸ばす。 「──!」 さらっと掻き上げられる前髪。 その刹那、強く目を瞑ってしまう。直ぐに瞼を半分ほど開け、警戒するように男の方へと視線を持ち上げれば、それまで視界の上部を遮っていた前髪(もの)が取り払われたせいで、男の人相が良く見える。 「……」 奥二重。左の目尻に、二つの黒子。 若葉と同じくらいの年齢……そう直感し、すぐに頭の中が真っ白になる。 手の指先が痺れ、次第に無くなっていく感覚。視線を外す事も、呼吸をする事も儘ならず。ただ脅えるだけの僕を、鋭い眼がじっと見下ろす。 「よく、似てんな……」 吊り上がった目尻が少しだけ緩み、男が顔を近付ける。掻き上げられ、剥き出しになった額。そこに男の薄い唇が寄せられ、軽く押し当てられる。 「……っ、」 それは、あまりに突然で。 蛇に睨まれた蛙の如く、動く事が出来なかった。

ともだちにシェアしよう!