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第42話
……そっか。
あれからもう、一年が経つんだ。
「……」
風に晒され、肌から容赦なく熱を奪われる。きっと満開に近付いた途端、天候が下降し、吹き荒ぶ春の嵐に見舞われ、儚く散ってしまうんだろう。
それでもいい。
……淡い期待が、僕の胸の中で疼く。
*
カン、カン、カン……
アパートの外階段を上り、一番奥にある部屋へと向かう。と、そのドアが大きく開き人影が現れた。
……え……
黒スーツにオールバック。細身で高身長。面長の顔。吊り上がった目尻。薄い唇。
竜一とは比べものにならない程の威圧感があり、全身を纏うオーラはドス黒く、毒々しくて禍々しい。
コツ、コツ、コツ、コツ……
姿勢の良いその男性 が、真っ直ぐ前を見据えたまま此方に向かってくる。
「……」
強張る身体。
そのオーラに気圧され、端に避ける。
コツ、コツ、コツ……
すれ違い様、男が横目で僕を捉える。
たったそれだけなのに。特に意味なんてない筈なのに。その強い眼力に呼吸が浅くなり、足が竦む。
「……お前が……さくら、か……」
コツ……
男の足が止まる。
合わせてしまった目を、上手く逸らせない。
怖ず怖ずと上目遣いで見つめ返せば、此方に身体を向けた男が片手を伸ばす。
「──!」
さらっと掻き上げられる前髪。
その刹那、強く目を瞑ってしまう。直ぐに瞼を半分ほど開け、警戒するように男の方へと視線を持ち上げれば、それまで視界の上部を遮っていた前髪 が取り払われたせいで、男の人相が良く見える。
「……」
奥二重。左の目尻に、二つの黒子。
若葉と同じくらいの年齢……そう直感し、すぐに頭の中が真っ白になる。
手の指先が痺れ、次第に無くなっていく感覚。視線を外す事も、呼吸をする事も儘ならず。ただ脅えるだけの僕を、鋭い眼がじっと見下ろす。
「よく、似てんな……」
吊り上がった目尻が少しだけ緩み、男が顔を近付ける。掻き上げられ、剥き出しになった額。そこに男の薄い唇が寄せられ、軽く押し当てられる。
「……っ、」
それは、あまりに突然で。
蛇に睨まれた蛙の如く、動く事が出来なかった。
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