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第43話

玄関のドアを開ける。 と、途端に立ち篭める、甘っとろい匂い。熟れた果実のようなそれに、思わず噎せ返る。 「……おかえり」 片腕で鼻を覆い部屋に上がった僕に、洗面所から出てきた若葉が声を掛ける。その格好は、ゆるめの白い長袖Tシャツを一枚羽織っただけで。下着が隠れる程長い裾から、形の良い二本の生足が伸びていた。 心なしか、髪もしっとりとしていて── ……まさか、さっきの人と…… まさか、ね…… 目を伏せ、鼻を覆っていた腕を外し、そっと指先を額に当てる。 例え、そうだとして。……どうして僕に、あんな…… 「早かったのね」 ねっとりと艶っぽい声色。 視界の端に入る、若葉の綺麗な足。シャンプーの化学的な匂いに紛れ、淫靡な香りが辺りを漂う。 「これから人と会う約束をしてるの。……少し帰りが遅くなるかもしれないけど、一人で大丈夫かしら」 「………はい」 そう答えた僕に若葉が近付き、伸ばした両手で僕の頬を優しく挟む。 「もしかして、彼に会った?」 「……!」 強制的に持ち上げられる顔。合わせる視線。本能を擽られるような甘い匂いに襲われ、必然的に熱くなっていく頬。 「……ふふ。可愛い」 形の良い、ふっくらとした唇。その端が少しだけ持ち上がり、艶っぼく微笑む。 しっとりとした素肌。切れ長の二重。上向きの長い睫毛。潤んだ大きな瞳── ふにふにっ、 柔らかく僕の頬を抓んだ後、口角を更に持ち上げスッと離れていく両手。その僅かに見せた悪戯っ子のような笑顔に、心が震え、否応なく惹きつけられてしまう。 「……」 背を向け、台所へと向かう若葉。手首に嵌められていたカラーゴムで髪を一つに束ねれば、露わになった細く艶めかしい項から、酷く甘っとろい匂いが立ち篭めたような気がした。 若葉は一体、何者なんだろう。 警察官である岩瀨と交友関係がある一方で、暴力団関係者のような男性とも繋がりがあって。 何処かの会社に勤めているんだとばかり思っていたけど……本当の所は、よく解らない。 ──本当に、父と兄弟なんだろうか…… そう思ってしまえば、全てが疑わしくなってしまい……直ぐにその思考を打ち消す。 「……」

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