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第44話

××× パッパーッ ガヤガヤ、ガヤガヤ…… 岩瀬が足を踏み入れて欲しくないと言っていた、夜のS区。 派手な髪色、奇抜な服装の若者。酔っ払いのサラリーマン。ホストらしき人物と並んで歩く、露出度の高い女性。──夜が深まるにつれネオンが一層煌びやかに輝き、人々の心を狂わせ本能を剥き出しにしていく。 排気ガスなのか何なのか。生温かくて独特な臭いが鼻につき、呼吸を苦しくさせる。 『……ちょっと、出掛けてきます』 夕食後。洗い物を終え、居間に戻る若葉に声を掛ける。 『帰りは、少し遅くなるかもしれません』 『……そう。気をつけてね』 特に何も聞かず、振り返った若葉が了承の微笑みを返す。 もしかしたら、ただ近所を散歩する程度のものだと思われたのかもしれない。でも、包み隠さず話したら、こうして外出できなかったと思う。 エレベーターに乗り、ボタンを押す。静かな音を立てながら上っていく小さな箱。眩しい程に中が明るいせいか。狭い空間に閉じ込められているにも関わらず、そこまで嫌な感情は引き出されない。 「……」 目的の階が近付くにつれ、高鳴る心臓。緊張からか、浅くなる呼吸。 アパートを出た時は、今よりも平常心を保っていられたのに。もうすぐ竜一に会えるのかと思うと、気持ちが昂って身体の芯が痺れてしまう。大きく跳ね上がる心臓を抑え、次々に変わっていく階床表示灯の数字を眺めながら、ドアが開くのを待った。 エレベーターを降り、待ち合わせの部屋へと向かう。持っていたノートの切れ端に目を落とし、もう一度部屋番号を確かめる。 「……」 ドクン、ドクン、ドクン…… 緊張で震える指先。 力を籠め、ギュッと堅く握った後、人差し指を立てインターフォンを押す。 カチャン、 程なくして開かれるドア。その隙間から覗く、竜一の姿。 「入れ」 警戒するかのような竜一の鋭い眼付きに戸惑っていると、腕を掴まれ強く引っ張られる。 想像とは、かけ離れた再会。……いや、寧ろこれが竜一のような気さえしてくる。全身からピリピリとした雰囲気を発し、本当に何を考えているのか解らない。 「──っ、!」 そう思ったのも束の間──ドアが閉まると同時に、正面から強く抱き締められる。

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