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第50話

××× 夜が深まったせいだろうか。 最寄り駅を降りて改札口を抜けると、ロータリーで屯する輩やすれ違う人々の様相が随分と変わっている事に気付く。自宅アパートへと向かうにつれ、次第に減っていく街灯り。うら寂しい路地裏。等間隔に並んだ外灯の光だけが、その足下を小さく照らす。 「……」 ……怖い。 暴漢に襲われた時の恐怖が襲い、足が竦む。 樫井秀孝の報道は、もう収まっているけど。被害者リストは今もネットの海に流されたままだ。 夜の静寂に包まれた路地裏を、警戒しながら足早に歩く。通い慣れている道とはいえ、何が起きるか解らない。 やがてアパートの外灯が遠くに見えると、安心感から緊張の糸が切れた。 カンカンカン…… 外階段を上る音が、静寂した闇夜に吸い込まれていく。一番奥の部屋の前に立ち、そっと玄関のドアを開ける。 「……!」 目に飛び込んできたのは、見知らぬ黒い靴。若葉のにしてはサイズが大きい。  もしかして……僕の額にキスしてきた、強面の男性……? そう直感したが、よくよく見ればカジュアルスポーツタイプの靴で。あの人には似合わないような気がした。 ……て事は、岩瀬さんが? 靴を脱ぎ、電気を付けずに上がる。噎せ返る程の、甘っとろい匂い。音を立てないよう廊下を進み、キッチン横を通って真っ暗な部屋の入り口に立つ。 「……」 ……誰も、いない…… まさか、バスルームに……? 変な想像が頭を過り、直ぐに打ち消す。 若葉の姿が見当たらないのは気になるけれど。まだこの身体に残る余韻に浸りながら、眠りにつきたくて。灯りのない部屋に足を踏み入れ、自室の引き戸を開けた──時だった。 「……っぁ、あぁん……」 蕩けるような、甘っとろい嬌声。 淫らに絡む四本の足。 辺りを柔らかく照らす背の低い間接照明の光が、僕の布団で淫らに戯れ、重なり合った裸体を浮き彫りにしていた。 ……え…… カタンッ、 後退ろうとして、足を戸にぶつける。その音に反応し、此方に向けられる二つの顔。 「──!!」 ……なん、で…… ガクガクと震える足。 信じられない……早く逃げたいのに、上手く足に力が入らない。 ドアノブに指を掛けたまま、膝から崩れ落ち尻餅を付く。呼吸が浅くなり、頭の中が真っ白になって……もう、何も考えられない。 「さくらっ──!」 耳馴染みのある声が、僕の名を叫ぶ。若葉を組み敷いていた男が身体を起こし、動けない僕に駆け寄った。 「………やめっ、」 咄嗟に背中を丸め、両腕で顔を覆う。 見たくない。……なにも、見たくない──! 「さくら、聞いてくれ!」 腕や手首を強く掴まれ、引き剥がされそうになるのを必死で堪える。 ……やだ……止めて、 アゲハ……!!

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