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第63話

……ぽた、 真っ直ぐ向けられた瞳が潤み、その際から零れた涙が僕の頬に落ちる。 「………なのに、守れなくて……」 ぽた、ぽた…… 瞬きをして切り落とされた涙が、僕の頬の上で重なり……ひとつの大きな粒となって肌を伝う。 「ごめんな……さくら」 ……ぽた……ぽた、ぽた…… 次々と零れ落ちてくる涙。 軽く瞬きをし、息を潜めながらアゲハの頬にそっと手を伸ばす。 それに気付いたのか。瞼を細く開けたアゲハがその手を取り、僕の指先を自身の唇に寄せる。 ちゅ…… 軽い口吻。熱い吐息のベールに包んだそれを、愛おしむように含む。 「……」 何て、答えたらいいんだろう。 柔らかな頬裏や舌で愛撫されるのを感じながら、罪悪感に押し潰されそうになる。 恐らく本音だろうアゲハの心情が、痛い程に伝わってくるけど……その想いに、答える事はできない。 だって、僕にはもう──竜一がいるのだから。 ズッ、ズッ、ズッ、ズッ、 ……ぱん、ぱん、ぱん、ぱんっ…… 「………くっ、はぁぁ…、!」 仄暗い部屋に響く、肉と肉を打ち付ける律動音。それに付随して聞こえる、微かな水音。 哀しそうに漏らす、アゲハの嬌声。淫らな吐息。 「……」 強く突かれる度に、上下に揺れる視界。その中にぼんやりと映るアゲハの顔が、あの日──竜一に犯されながら見たアゲハの顔と重なって見える。 ……ごめんね、お兄ちゃん。 ごめん、ね…… 劣情を孕みながらも、寂しげに揺れる瞳。 滲んでいく視界を瞼で遮れば、すっかり乾いてしまった涙腺の跡を辿るように、溢れた涙が零れ伝う。 「……ねぇ、アゲハ……」 突然── ねっとりと絡み付く猫撫で声。一瞬で変わる不穏な空気。 アゲハの動きが止まり、本能的に目を開けた。 「──!」 仄暗い闇の向こう──アゲハの肩口から現れた、細い手。刃渡り10センチはあるであろうバタフライナイフの刃が、アゲハの喉元に突き付けられていた。 「さくらの首を、絞めて……」 スッとその闇から現れた若葉が、硬直するアゲハの耳元に唇を寄せる。 「絶頂する瞬間、……息の根を止めて頂戴」 ギラギラと輝く若葉の眼。艶っぽい唇の端が妖しく歪む。

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