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第16話 隠蔽
×××
引っ越し日和となった週末。
若葉と二人で転居前のアパートで作業をしていると、非番だという警察官の岩瀨が引っ越しの手伝いに来てくれた。荷物を運ぶ為のワゴン車まで、用意してくれて。
「重い物は、俺が運びます!」
台所用品を段ボールに詰めていると、足を畳んだテーブルを運ぼうとする若葉に代わって岩瀨が担ぎ上げる。
「……幹生くんがいてくれて、助かったわ」
束ねた髪を揺らす若葉が、一人張り切る岩瀨に優しく微笑む。
「力仕事は、任せて下さい!」
元気にそう答えた岩瀨の顔が、真っ赤に染まっていた。
この人は、本当に解りやすい。
若葉と接する時の表情や話し方から、ベタ惚れなのがよく伝わってくる。
だけど、若葉からはそういう感じがしない。あくまで友人として、岩瀨に接しているみたいだ。
「……」
こんなに解りやすいのに。本当に若葉は、何も感じていないのだろうか……
「それじゃ、行ってきます!」
ワゴン車の荷台に全て詰み込んだ岩瀨が、玄関先まで戻ってきて声を掛けてくれる。
しかし、僕の返事も待たずに閉められるドア。若葉の待つ車へと急ぐ軽快な足音から、高揚めいた岩瀨の心情が滲み出ていた。
やがてエンジン音が鳴り、車が転居先へと向かう。一人部屋に残った僕は、その音を聞きながら拭き掃除を続けていた。
「……」
長く住んではなかったけど。僕にとっては、居心地の良い大切な場所だった。
凌に嵌められて、酷い目に遭ったけど。ハルオの束縛から解放してくれたのは確かだし。結果、若葉と出会えたのだから……悪い事ばかりじゃない。
でも……だからといって、感謝なんてしない。
傷つけられたのは確かだし。
この身はもう、汚れてしまったのだから……
──ピンポーン
突然のチャイムに、肩が大きく跳ね上がる。
軽く手を洗い、インターフォンの液晶画面を覗く。
そこに映し出されていたのは、赤い髪を後ろで束ね、黒いダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ姿の男。
「──!」
慌てて玄関に駆け下り、ドアを開ける。
「姫!」
そこにいたのは、僕の顔を見るなり満面な笑みを浮かべる──モル。
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