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第32話

ざわざわ、ざわざわ…… HRが終わり、帰り支度をして教室を出る。廊下は既に人で賑わっていて、その喧騒に紛れながら階段を下りる。 ……思っていたより、平気だった。 報道前のような雰囲気に戻っただけではなく、遠巻きにされていても穏やかに過ごせたように思える。 『大丈夫。さくらが思ってる程、相手はそこまで見てないわ』──多分、若葉のお陰だ。 「……」 足を止め、踵を返す。人の流れに逆らいながら階段を上り、教室の前の廊下を通り過ぎる。 向かったのは、化学実験室。特に用事がある訳ではないけど。ちゃんと学校に来られた事を、知って欲しくて…… 人気のない渡り廊下を渡り、少しひんやりとして静かな廊下をひたひたと歩く。 「……」 少し開いた引き戸。その隙間から聞こえる、人の話し声。 そっと中を覗けば、白衣姿の化学教師の前にポニーテールの女子が立っていた。 「……そう、ですか……」 「ごめんね。気持ちだけ、受け取っておくよ」 「……」 項垂れた女子の手には、茶色の包装紙にピンク色のリボンが付いた小さな箱。 ふと思い出されたのは、スーパーやコンビニで見掛けた『バレンタインデー』の垂れ幕。 「……」 入っちゃいけない空気を感じ、そっとドアから離れる。 ああいう場面を、見た事がない訳じゃない。……ただ、アゲハ以外の人が告白されているのを見るのは初めてで。 この学校で唯一、この場所がオアシスのように感じていたから。僕だけじゃ無かったんだと思ったら、何だか急に化学教師との距離を感じてしまった。 踵を返し、今し方通った廊下を歩く。と、渡り廊下の角から、突然人影が現れた。 「……あのっ、!」 驚いて立ち止まれば、僕と同じ背格好をした男子が、僕の前に立ちはだかる。 「あ、あの……」 「……」 緊張しているのだろうか。少しだけ上擦りながら震える声。忙しなく泳ぐ二つの瞳。先程の勢いはすっかり消え、握り締めた手がぶるぶると震えていた。 「く、……工藤さくらくん、は……お、男が好き、なんですか……?」 ……え…… 直球すぎる質問に、驚きを隠せない。

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