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第46話

「……」 名残り惜しむように、唇が離れていく。 それを淋しいと思いながら、ゆっくりと瞼を持ち上げる。 ぼんやりと視界に掛かる薄霞。砂粒程の小さな光が散りばめられ、キラキラと瞬く。 「……」 竜一がこんなに眩しく見えるなんて……僕の目は、どうかしちゃったんだろうか。 鼓動も、中々落ち着かない。掴んでいるこの両手を、離したくない…… 「そこ、座れ」 ぶっきらぼうにそう言いながら、竜一が視線だけでベッドを指す。 緩んでいく指先。僕から離れた竜一が、備え付けの小さな冷蔵庫の前にしゃがみ込む。 「何か飲むか?」 「……うん」 先程まであった温もりを抱きながら、言われた通りベッド端に座る。 「……」 ビジネスホテルの個室は、初めて入ったけど……普通のワンルームみたい。小窓に掛かったチャコールグレーのカーテン。小型テレビや冷蔵庫が収納されたライティングデスク。バスルームの入口横には、縦長の大きな姿見。ウォールハンガー。 ここに、宿泊したんだろうか。それともこれから?……にしては、それらしい荷物が見当たらない。 「ほらよ」 きょろきょろと辺りを見回す僕の前に、ペットボトルのミネラルウォーターが差し出される。怖ず怖ずと受け取れば、キャップを外しながら竜一が隣に腰を下ろす。 「もう少しだ」 「……え」 「組長(親父)が隠居して、兄貴が継ぐ事になってる」 「……」 「兄貴っつっても、あれだ。血縁関係のヤツじゃねぇからな。杯を交わした兄貴……つまり、“義兄弟”ってやつだ」 「……」 チラッと視線だけ寄越した竜一が、ペットボトルを傾け喉を潤す。 「兄貴が継いだら、俺を解放する約束をしてくれてる。……上手くいきゃあ、お前のいる世界に戻れる」 「……!」 ……それって…… ヤクザから足を洗える、って事……? 胸の奥から、温かな鼓動を感じる。期待に満ち満ちた感情が、全身の肌から一気に溢れ出していく。 極道の事なんて、よく知らない。けど、本当に竜一が裏社会から抜けられるのだとしたら……嬉しい。

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