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第57話

「……その条件が、俺とさくらが愛し合う姿を見せて欲しい……だったんだよ」 アゲハの親指が、目尻の際をそっと拭う。 濡れ広がる感覚がし、初めて涙が|溢《こぼ》れていた事に気付く。 「悩んだ末に条件を飲んだ。……その代わり、5年後に引き伸ばして貰う事にした」 「……」 「ごめん。さくらの事なのに、俺一人で勝手に決めて。 でも、凄く嫌な言い方をしてしまうけれど。あの時さくらは……まだ8才だったんだ」 「……」 ……だから、僕に隠してたの……? 僅かに瞳を揺らしアゲハの目を真っ直ぐ見つめれば、それに答えるかのように、アゲハの指が僕の横髪を梳く。 「それに……もし若葉の中に、“もうひとつの願望”が残っていたとしたら──」 「……」 「さくらが殺される未来だけは……どうしても避けかった」 眉尻を下げ、思い詰めた表情を溢したアゲハの手が、止まる。 「………でも、それだけでは済まされなくなったんだ」 高校に入って間もない頃──何となく胸騒ぎを覚えたアゲハは、いつもより早い時間に帰宅。脱ぎ捨てられた見覚えのある靴に、その予感が確信へと変わる。 しん…と静まり返る室内。足音を立てず奥へと進めば、自室の方から奇妙な物音が響く。 『……』 そっとドアノブを掴み、勢いよく開けた瞬間── ギシ、ギシ、ギシ、ギシ…… 「………目を、疑ったよ。 まさか、さくらが……山本に───」 眉根を寄せ、ギュッと目を瞑り、苦しそうにアゲハが顔を歪める。 「……動けなかった。 顔面蒼白で横たわるさくらの、人形のような大きな瞳が……現実を受け入れられない俺を責め立てているようで」 「……」 「何食わぬ顔をした山本が俺の横を通り過ぎた瞬間──ブチッと、頭の中で何かが切れる音がした」 ……ハァ、ハァ、ハァ、 込み上げる憎悪。沸き上がる憤怒。 視界に映る全てのものを拒絶し、浅く速い呼吸を何度も繰り返しながら、感覚を失った手で握り拳を作る。 『──待てッ、山本!』 玄関を出て行く奴の背中。閉まりゆくドアを押し開け、振り返ろうとする山本に飛び掛かる。 怒りの感情に任せ、その拳を振り上げた──その時だった。

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