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第59話
「……僕のこと、なんて……」
放っておけばよかったのに──そう続けようとしたのに。喉がキュッと締まって、上手く声が出てくれない。
「放ってなんて、おけないよ」
涙で滲んだ視界の中、優しい目をしたアゲハが微笑む。
「俺はさくらが、大好きなんだから……」
「──!」
その刹那──しゃぼん玉が弾けるように、心の中の蟠りが消えていく。
『大好きだよ、さくら』──今よりもずっと幼い声をしたアゲハが、泣きじゃくる小さな僕を抱き締めてくれた時の感情が蘇る。
「……」
僕も……アゲハが、大好きだった……
僕の髪を撫でてくれる優しい手が心地良くて。傷付いた心を癒やし、元気を与えてくれた。
何度も、ヒステリックな母の間に入って。
何度も僕を守ってくれた。
……なのに僕は。
沢山の人に愛され、誰からも必要とされているアゲハが眩しくて。羨ましくて。妬ましくて。
人から比べられ、劣等感を植え付けられ、周りから踏み台に利用される度に……アゲハ自身を疎ましく思うようになっていた。
「……」
いつだったか感じたように……もし最初から、アゲハとは血の繋がりのない、赤の他人だったら。
きっと僕は、光り溢れる世界で輝くアゲハに憧れを抱いて……素直にその感情を受け入れていたかもしれない──
「──それで? 思い出話は終わったかしら」
突然の声に、一変する空気。
置かれた状況を思い知らされた瞬間、顔や身体が強張る。
「早く僕に見せてよ。
アゲハが華麗に舞い飛んで、さくらが儚く舞い散る姿を……」
鈍く光る、バタフライナイフ。その刃先をチラつかせ、アゲハの傍らに佇む若葉が興味深げに僕達の様子を覗き込む。
「……」
黒眼だけを動かして若葉を捉えたアゲハが、直ぐに僕へと視線を落とす。
「……さくら」
そう囁いたアゲハの唇が、滲んだ視界いっぱいに迫り──目頭に溜まった涙の雫を優しく吸い取る。
「もう、泣かないで……」
「……」
「大丈夫。何も怖くないから。……お兄ちゃんに全部、委ねて欲しい」
降り注ぐ、アゲハの優しい声。
閉じた瞼の向こうから、眩い程の光りが注がれているようで……温かい。
指の背で頬をそっと撫でられ、瞼をゆっくりと持ち上げていく。
「………ん、」
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