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トイレを出て、席に戻ろうと通路を歩く。
と……
「アイツは俺に惚れてるから、何でも言う事を聞くぜ。ちょっと我慢して抱いてやりゃ、健気に金まで用意してよ」
「……ふぅん」
「俺のATM。ハハハ」
「──!」
昂祐の口から飛び出す、残酷な台詞。
薄々感じながらも蓋をしていた現実が、容赦なく僕に牙を剥く。
近くにある、ライオンのオブジェ。心なしか昨日よりもメッキが剥がれ落ち、哀れな姿に映る。
……まるで、僕のよう。
「でもよぉ」
一瞬──昂祐の対面に座る妖艶な男の眼が、観葉植物の陰に隠れて立つ僕に向けられたような気がした。
「俺だって辛いんだぜ。金の事が無けりゃ、男となんて気持ち悪くてデキねぇよ」
「……」
「あっ、でも若葉さんは別格ッス。すげぇ抱きたいです!
もっと金用意するんで、大翔さんには内緒で。俺と──」
プルルルル……
突然けたたましく鳴る、昂祐のスマホ。光る画面を覗き込むと慌てて席を立つ。
「……」
通路の端に突っ立っていた僕にギョッとした顔を見せたものの、何のフォローもなく無言で通り過ぎていく。
……言い訳すら、しないんだ。
「おいで」
その時、艶やかな声がした。
見れば僕の席に座る若葉が、手招きをしている。その指の動きや首を傾げた仕草さえ、美術館に並ぶ名画のように美しい。
昂祐が夢中になるのも、わかるな……
重たい気分を引き摺ったまま席に戻り、昂祐の場所に腰を下ろす。
「そっちじゃなくて、こっちよ」
そう言いながら、細い指先で横髪を器用に耳にかけ、自身の隣を叩く。
そのしっとりした色っぽい仕草ひとつひとつに、否応なく惹きつけられてしまう。
「昂祐のこと、好き?」
怖ず怖ずと隣に座れば、甘っとろい匂いに心の奥を鷲掴まれそうになる。
トクトクと高鳴る心臓。クラクラする脳内。
即答できない程、昂祐を思う気持ちが薄れている事に気付く。
「聞いてたでしょ、さっきの会話。身売りの強要もされてたようだし」
「……」
「それでも昂祐を好きっていうなら、僕は何も言わない。
でも、そうじゃないのだとしたら……もう逃げた方がいいわ」
切れ長の美しい眼が、真っ直ぐ僕を射抜く。真剣なその眼差しに、そっと背中を押されたような気がして。……嬉しくて。
視界が滲み、瞬きをする度に睫毛が濡れていく。
スッ……
若葉の細い指が頬に触れ、伝い落ちる涙を攫う。
……え……
甘く絡みつく視線を外せずにいれば、その手が後頭部へ回り、長い睫毛を下ろした綺麗な顔が近付く。
柔く触れる、唇と唇。
それは神聖な儀式のようで。暗く澱んでいた心の奥底にまで、眩い程の光を射す。
プププ、プププ……
着信音がし、唇から熱が離れていく。
ぼんやりとしたままスマホを取り出して見れば──
《今から昨日の場所に来い。二回目だから、金は五千円だ》
「身売り、……したの?」
間近で見つめられ、こくんと頷く。
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