6 / 29

6

トイレを出て、席に戻ろうと通路を歩く。 と…… 「アイツは俺に惚れてるから、何でも言う事を聞くぜ。ちょっと我慢して抱いてやりゃ、健気に金まで用意してよ」 「……ふぅん」 「俺のATM。ハハハ」 「──!」 昂祐の口から飛び出す、残酷な台詞。 薄々感じながらも蓋をしていた現実が、容赦なく僕に牙を剥く。 近くにある、ライオンのオブジェ。心なしか昨日よりもメッキが剥がれ落ち、哀れな姿に映る。 ……まるで、僕のよう。 「でもよぉ」 一瞬──昂祐の対面に座る妖艶な男の眼が、観葉植物の陰に隠れて立つ僕に向けられたような気がした。 「俺だって辛いんだぜ。金の事が無けりゃ、男となんて気持ち悪くてデキねぇよ」 「……」 「あっ、でも若葉さんは別格ッス。すげぇ抱きたいです! もっと金用意するんで、大翔さんには内緒で。俺と──」 プルルルル…… 突然けたたましく鳴る、昂祐のスマホ。光る画面を覗き込むと慌てて席を立つ。 「……」 通路の端に突っ立っていた僕にギョッとした顔を見せたものの、何のフォローもなく無言で通り過ぎていく。 ……言い訳すら、しないんだ。 「おいで」 その時、艶やかな声がした。 見れば僕の席に座る若葉が、手招きをしている。その指の動きや首を傾げた仕草さえ、美術館に並ぶ名画のように美しい。 昂祐が夢中になるのも、わかるな…… 重たい気分を引き摺ったまま席に戻り、昂祐の場所に腰を下ろす。 「そっちじゃなくて、こっちよ」 そう言いながら、細い指先で横髪を器用に耳にかけ、自身の隣を叩く。 そのしっとりした色っぽい仕草ひとつひとつに、否応なく惹きつけられてしまう。 「昂祐のこと、好き?」 怖ず怖ずと隣に座れば、甘っとろい匂いに心の奥を鷲掴まれそうになる。 トクトクと高鳴る心臓。クラクラする脳内。 即答できない程、昂祐を思う気持ちが薄れている事に気付く。 「聞いてたでしょ、さっきの会話。身売りの強要もされてたようだし」 「……」 「それでも昂祐を好きっていうなら、僕は何も言わない。 でも、そうじゃないのだとしたら……もう逃げた方がいいわ」 切れ長の美しい眼が、真っ直ぐ僕を射抜く。真剣なその眼差しに、そっと背中を押されたような気がして。……嬉しくて。 視界が滲み、瞬きをする度に睫毛が濡れていく。 スッ…… 若葉の細い指が頬に触れ、伝い落ちる涙を攫う。 ……え…… 甘く絡みつく視線を外せずにいれば、その手が後頭部へ回り、長い睫毛を下ろした綺麗な顔が近付く。 柔く触れる、唇と唇。 それは神聖な儀式のようで。暗く澱んでいた心の奥底にまで、眩い程の光を射す。 プププ、プププ…… 着信音がし、唇から熱が離れていく。 ぼんやりとしたままスマホを取り出して見れば── 《今から昨日の場所に来い。二回目だから、金は五千円だ》 「身売り、……したの?」 間近で見つめられ、こくんと頷く。

ともだちにシェアしよう!