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1.蜜談
「何だ、アレは」
バーカウンターに座り、琥珀色のブランデーを口にした大翔が、隣に座る細身のパンツスーツ姿の若葉にそう溢す。
「私のボディガードよ」
艶やかなポニーテールを揺らしながらそう答える若葉の前に、バーテンダーからツートンカラーの夜桜──ピンクとブルーのカクテルがスッと差し出される。
二人の背後にあるボックス席。そこに一人座り、じっと様子を伺う男──
数時間前。都内某所。
髪をオールバックで固め、高級スーツに身を包んだ東神会直系太田組内虎竜会、会長──美沢大翔は、太田組事務所で行われた幹部会からの帰り、腐れ縁の工藤若葉に突然呼び出された。
行きつけのバーで待ち合わせていると、暫くしてチリンとドアベルを鳴らし若葉が入店。ドアが閉まらぬうちに勢いよく入ってきたガタイの良い男が、若葉を鋭く見据えたまま後ろの席を陣取る様子が、大翔の間接視野に映った。
ボディガード──そう呼ぶには、男の持つ雰囲気がそれとは違っていた。風格。表情。視線の位置──
「……只のストーカーじゃねぇか」
後ろの男を尻目に大翔がそう吐き捨てれば、しならせた身体を委ねるように大翔の肩を寄せた若葉が、流し目をしながら妖艶な笑みを溢す。
「気になる? 彼ね、キックボクサーで……プロのライセンス持ってるみたい。最近鍛えてる貴方でも、腕力じゃ敵わないわよ」
「……何だ、お前の飼い犬か」
「ふふ。ただのボディガードだって言ったでしょ?」
吐息混じりにはぐらかす若葉。
ふわりと立ち篭める、噎せ返るような甘い色香。無防備を演じる、細くて白い首筋。……その手練手管に興味などとうに失せている大翔が、ブランデーグラスを揺らす。
「貴方もよくご存知の……ほら、高校時代の体育教師。その可愛い甥っ子よ」
大翔の肩から離れ、含んだように笑みを溢す。
「ここ暫く、私を追い掛けてたみたい」
「……逆恨みか」
「かもね。だって、大好きな伯父さんがあんな目に遭ったんだもの」
カウンターに両肘をつき、首を僅かに傾げながらカクテルグラスの縁を細い指先でなぞる。
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