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3.

カランッ…… 店内の雑音を絡め取るように、動いた氷がグラスにぶつかって涼やかな音を立てる。 「あの子、何処にいたと思う?」 「……」 「貴方が眼を掛けてた凌くん。その餌食にされてたのよ。……灯台下暗し、とはよく言ったものね」 取り出したサクランボを口元に寄せた若葉が、押し黙る大翔の横顔をじっと伺う。 「……で?」 「……」 「貴方はさくらをどうしたいの?」 濡れた紅色の果実から滴る液。それを、ぷっくりと膨らんだ唇の割れ目から、チラリと覗かせた濡れそぼつ赤い舌先でそっと舐め取る。 大翔を横目で見るその眼は、決して誘うためではない──ナイフのように鋭く、腹の中を探るようで。その目付きを確認した大翔は、再び正面に視線を戻す。 「一目|面《つら》、見られりゃいい」 静かにそう答えれば、突然吹き出した若葉の表情が一気に柔らかく緩む。 「……なにそれ」 「お前の実子なら、俺の子でもあるだろ」 そう言い捨てた大翔が、ブランデーをクイと煽る。 「フッ。貴方が親だなんて、……世界がひっくり返りそうだわ」 「その台詞、そっくりそのまま返すぜ」 大翔の鋭く尖った眼が、可笑しそうに吹き出した若葉を横目で睨み付けた。 店内に流れるジャズミュージック。 ムーディな照明の下で、肩を並べて語る二人。 その様子を少し離れた場所からジッと見つめる男が、静かに水割りを口にする。その表情は堅く、見開いた二つの眼の奥に息吹く筈の感情すら感じられず。一体、その二つの小さなフィルターに何を映し出しているのだろうか。 「さくらとの生活を始める為に、いま準備を進めてる所なの。……でも、そろそろ契約解除したいのよ、あのボディガードと」 サクランボの果実を口に含み、軸を引っ張ってプチッ、と切り離す。 「だって。私にはもう、凌くんの|先輩《飼い犬》の、岩瀬幹生巡査が付いているんだもの」 外した軸をカクテルの中に投げ捨て、刺さっていた細いストローでくるんと掻き混ぜる。氷の隙間に引っ掛かってしまった花弁と赤い軸。それが抗う事無く回流に乗って沈んでいく。 「で、俺に……利用価値の無くなったアレと、話をつけろと?」 「ふふ……」 添えられていた紙ナフキンを赤い唇に当て、取り出した種が見えないように小さく折り畳む。

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