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そこは秘境に近いど田舎。 世にも珍しい蝶の生息地として知られる、昔懐かしい自然豊かな風景が残された場所。 夏の盛り、鼓膜を突き破りそうなくらいに騒々しい蝉時雨を聞きながら、白の襟シャツに黒ズボンという制服姿の雅は舗装されていない山道(通学路)を突き進んでいた。 「スミマセーン」 雅は必要以上にドキリとして振り返った。 背後にいたのは複数の外国人グループ。 「鬼畜ヶ池、探してマース」 「……ああ、それでしたら」 にこやかな彼らにつられて笑みを浮かべながらも雅の心の奥底はチクリと微かな痛みを覚えるのだった。 『ミヤビハカワイイネ』 この田舎で雅は何度も様々な観光客から道を尋ねられてきたが、最も記憶に残るは、金髪碧眼長身のマクシムという外国人青年だった。 『ミヤビ、ボクの国にオイデ?』 ナイスな笑顔で雅の貞操を奪っていったマクシム。 『ミヤビ、またミヤビに会いに、ボク、戻ってクル』 雅の片手を両手で握りしめていとおしそうに頬ずりして、そうして、ピロシキ大国へ戻っていったフリーランスカメラマンのマクシム。 それからなーんの便りもない。 ハンサムなマクシムさんのことです、きっと向こうで恋人ができたんでしょう。 男か女か知りませんけれど、年寄りかヤングか知りませんけれど。 僕のことなんぞ綺麗さっぱり忘れて仲良くされているんでしょう。 「……あ」 雅の頬をぽろりと流れ落ちていったしょっぱいひとしずく。 縁側に座って氷を浮かべた水桶に両足を突っ込んで夕涼みしていた四男坊、風鈴の音色を頭上にし、慌ててごしごし涙を拭った。 カナカナカナカナ…… 蜩が鳴いている。 夕刻の涼風に乗って、夜の入りに開かれる夏祭りの盆踊り予行練習なる音色も聞こえてきた。 気分転換に、ちょっと行ってみましょうか。 神社の境内にて始まった夏祭り。 射的や金魚すくい、たこやきや飴細工といった数々の夜店がずらりと並び、地元民や観光客で賑わっている。 「そこのおねえちゃん、ほら、ラムネ冷えてるわよ!」 おねえちゃんじゃないんですけどね……。 「お! お嬢ちゃんかわいいね! たこやき一つオマケしたげるよ!」 いや、あの、だからですね……。 いつにもまして女の子に見間違われる雅、それもそのはず、涼しげ浴衣姿があんまりにも様になっていて、どこからどう見ても全角女の子なのだ。 ラムネ、たこやきではなく綿あめを一つ買って当てもなくのんびりぶらぶら。 くるくる回る風車、途切れない笑い声に太鼓と笛の音、暮れゆく空にぽっかり満月。 マクシムさんと一緒だったら、もっと、楽しかったでしょうか。 華やいだ景色に見とれながらもちょっとおせんちになる雅。 そんな中、突然響き渡った下品で野蛮なノイズ。 「お、かわいこちゃん発見!」 「いっしょに遊ばねぇ?」 チンピラ風情の柄シャツ若者に絡まれてしまった雅。 強引に片腕をとられて綿あめが地面に落ち、びっくりした雅、慌てて言う。 「あの、僕、男です」 「またまたー!」 「そんな言い訳通用しないって」 どうしよう、困りました。 あんなに楽しそうだった皆さんが怖がって怯えていますし、ご迷惑にならないよう、ここはとりあえず彼らについて行って、後でちゃんと男だと説明しましょうか。 危機感がない雅、みんなのお祭りが台無しにならないよう、とりあえず柄シャツ若者についていこうと、ぐいぐい引っ張るサングラス男に身を任せかけた。 その時。 雅の腕をとるサングラス男の手首を横からとっ捕まえた者が。 「んだ、てめぇ?」 凄みながらもサングラス男、明らかに動揺している。 でかい、その相手はべら棒に背が高かった。 趣味の悪いギンギラ腕時計をつけた手首を握りしめる手もやたらでかい。 頭上に張り巡らされたオレンジ電球の元、その金髪はきらきら輝いていて。 顔には狐のお面。 「いだだだだ!!」 「ちょ、コラ、テツオになにしやがんだ、てめ、あっ、いでででで!!」 あっという間に柄シャツ若者を痛めつけて「チクショー覚えてやがれ!」とありきたり台詞を吐かせてその場から追い払う。 周りにいた客はお面男にこぞって拍手を送った。 一人、雅だけが頑なに固まったまま、目の前のお面男を見続けている。 「ミヤビ」 ピアニストじみた長い指によってずらされたお面、そこに覗いた片方の碧眼。 その青い視線と再会して、雅は、また頬にしょっぱいひとしずくを。

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