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36-8-春休みデート編

「コレとか似合うんじゃないか?」 春休みシーズンで大賑わいの駅ビル、滅多に立ち寄らないセレクトショップにて。 「コッチも良さそうだ」 柚木は比良に春向けのアウターを次から次に試着させられていた。 ……この店って高いんだよね。 ……大学生活に向けて何着か買う予定ではあったけど、ココだと一着しか買えないんでない? 「比良くん、いろいろ選んでもらってありがたいんだけど、そろそろ移動しない?」 「待ってくれ、アレも気になる」 値札を見ては逐一ゴクリと息を呑み、馴染み深いファストファッションの店舗へ行きたがる柚木を平然とスルーした比良。 「あそこにかかってある服、試着してみてもいいですか」 店頭のディスプレイとしてかかっていた服を店員に持ってくるよう頼んだ。 うわぁ、おれにはできない……。 たとえイイと思っても店員さんに頼めなくてすんなり諦める……。 「やっぱり。一番似合う」 比良は自ら店員の代わりになり、何にでも合わせやすそうなベージュのスプリングコートを後ろから柚木に着せてやった。 着心地がよく、チェック柄の裏地も凝っていて、割と華奢な体型にも合うサイズだ。 馴染みのないショップでぎくしゃくしていた柚木はちょっと顔を綻ばせたが。 スタンドミラー越しに比良と目が合って、やたら優しげな眼差しを目の当たりにして、逆にぎくしゃく度が増した。 「あー、わぁ、いーかも、コレ、思い切って買ってみよーかな、っ、にま……ッ!?」 「ニマ?」 二万円台というよりほぼ三万円するお値段に柚木は絶句した。 ……この値段ならいつものトコだと靴からバッグまで全身一式揃う。 「す、すみません、せっかく持ってきてもらって何ですけど、すみません」 店員にへこへこ謝る柚木に比良は首を傾げる。 「気に入らなかったか?」 「比良くん……おれにはちょっと……」 「似合ってたのに」 「だから高いのっ、むりっ、おれもう行くからっ」 顔を赤くした柚木は客の行き交うフロアへ小走りになって飛び出し、店員が再び店頭のディスプレイとしてスプリングコートを飾っているのを比良は横目で見送り、同級生の後を長い足で悠然と追った。 卒業旅行からまだ一週間も経過していなかった。 柚木の体は依然としてあのままだ。 いつか自然とポロッと剥がれ落ちる(?)んじゃないのかと、柚木自身は淡い望みを抱いている……。 「パスタ、定食、お好み焼き、回転寿司、カレー、ラーメン、柚木はどれが食べたい?」 ランチの混雑ピークがやや落ち着き始めた昼の二時。 それでもいつもより客数の多いレストランフロアをぐるりと回り、比良は柚木に尋ねた。 『柚木、今、大丈夫か?』 まだベッドでむにゃむにゃしていた午前中、柚木のスマホに比良から電話がかかってきた。 卒業旅行の帰りがけに初めて連絡先を交換した、メールアプリにも友達追加した、それなのにどうしていきなりわざわざ電話なんか、寝起き柚木はベッドで正座して次の言葉を待ち構えた。 『昼から俺の買い物に付き合ってくれないか?』 そのときは拍子抜けした。 別にいいけど、と返事をし、待ち合わせ場所と時間を決めて電話を切った。 しかし支度している内にどんどん緊張感が増していった。 ちょっと待って? 比良くんと買い物とか初じゃん? そもそも二人でお出かけ自体が初なんでない? 『柚木のことは俺が面倒見る』 会うのは怒涛の卒業旅行ぶり。 他愛ないメールよりも先に電話が来るなんて。 しかもお出かけのお誘い。 『俺がきちんと管理してあげる……』 ほ、ほんとにおれのこと管理するつもりなのかな。 『いずれコッチの処女も俺に奪わせて……?』 いや、それはほんと困る、いくら比良くんだからって、そこまで奪われる筋合いない……。 「柚木?」 「えっ?」 不埒な回想に意識を乗っ取られかけていた柚木は慌てて頭上を見上げた。 「なに食べたい?」 ……うわぁ、やっぱり男前……。 上品めなキャメル色のウールコートにライトグレーのパーカー、チノパンにツイードシューズ、そして極めつけはブラウンのクラッチバッグ、平凡男子には到底使いこなせそうにないアイテムだ。 セルフレジで購入した馴染み深い店舗のショップ袋を両手に提げた柚木に比良は柔らかく笑いかける。 「俺の顔になにかついてるか?」 「っ……ついてない、あー、比良くんの食べたいとこでいーよ、うん」 「そうか。じゃあ定食にしよう」 比良にエスコートされて柚木はぎくしゃく歩き出した。 なんていうか。 比良くんのカノジョは心臓とか丈夫じゃないとやってけなさそう。 この男前度は心臓発作モノだ……。 歴代カノジョ、えっちのときとか、よく正気保てたよな……。 おれなんか途中で失神したし……。 「うっそ、比良くんだ」 比良につられて柚木も振り返った。 一目見てスタイルのよさがわかる女子が三人、二人の背後に立っていた。 「先輩がた、こんにちは、お久し振りです」 機敏に回れ右して挨拶した比良を見、弓道部の先輩なんだとわかった柚木はやや後方に退いた。 「もしかして比良くん地元残る系?」 「大学どこ? ××? ▲▲?」 「大学でも弓やる? オススメのサークル教えるよ?」 話、長くなりそーだ。 どこかベンチに座って待ってようかな。 「そーだ、今からいっしょに昼ごはん食べよーよ」 ぎょっ。 それだと正しく部外者じゃん、おれ。 「比良くん、おれはいーから、先輩たちと行ってきなよ」 柚木が小声でそう言えば「友達くんもおいでよ」「奢ってあげる」とあっけらかんと誘われて、ぎょぎょっ、した。 「いや、あの、えーと、その」 自分の背後で模範的にきょどる柚木をチラリと見、いつだって背筋ピーンな比良は、いつにもまして凛とした眼差しで先輩女子らに告げる。 「お誘いありがとうございます。ただ、二人の時間は何よりも優先したい大切なものなので、申し訳ないですが遠慮させていただきます」 断られた先輩女子らは……ぽーーーーーっとした。 後ろにいた柚木も……ぽーーーーーっとした。 最優先にしたい大切な時間って、比良くんにそんな風に思われてるの、どこの誰だろ……。 「それでは失礼します。柚木、行こう」 ん? まさかのおれ?

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