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「比良くん、大学でも弓道するの?」 「まだ考え中だ」 「バイトは?」 「いずれしたいと思ってる」 適度に繁盛している全国チェーンの定食屋にて。 柚木と比良は角の四人掛けテーブルで向かい合って食事をとっていた。 「柚木は? 何かサークルに入るのか?」 アオサのみそ汁をフーフーしながらチビチビ飲んでいた柚木は首を左右に振った。 「サークルってなんかこわいもん、一気飲みさせられて救急車で運ばれるか、法外な会費で破産させられそう」 「飛躍し過ぎじゃないか、それ」 洗練された箸使いで姿勢正しく食事を進めていた比良は短く笑った。 こうして見ると比良くんってほんとパーフェクトだ。 ごはんの食べ方きれいだし。 さっきの先輩たちへの対応もバッチリだったし。 セルフレジでは「すごい性能だな」って感心してるのおちゃめだったし。 やっぱり男として憧れ……そうに……なるんだけれども……ごにょごにょ。 『もっと柚木に意地悪したい……させて?』 昔の柚木ならば憧れる比良との時間にただただきゃっきゃしていただろう。 しかし、甘えたモードでエロ全開な一面をその身でもって知らされた柚木は、ざわ…ざわ…な気持ちになる。 『二人の時間は何よりも優先したい大切なものなので』 先程の台詞を思い出してエビ天の尻尾をついゴックン丸呑みにした。 ……なんかカノジョ扱いされたみたいな。 ……いやいやいやいや。 ……それはないって。 「第二外国語、どれにするか決めたか?」 「あ、ううん、まだ……一番簡単そうなやつにしよっかな」 「ふぅん」 単なる親切心だって。 急にアレを授かって混乱してる同級生に同情して、比良くん自身もちょっと混乱しちゃって、物珍しくて、興奮しちゃったみたいな。 これは期間限定の関係。 物珍しさに飽きが来たら終わり……。 突然始まった関係ならば終わりが来るのも突然かもしれない、そんなことを考えると柚木の心はそわそわざわざわした、だがしかし。 「柚木、エビ天が好きなんだな」 「あ、うん、おれエビ天大好き」 「じゃあ俺のも食べていい」 「えっ? わぁ、やったぁ~」 比良に大好物のエビ天をもらうと、ころりと一転、嬉しさいっぱい状態でもぐもぐむしゃむしゃ頬張るのだった。 「はい、柚木」 柚木は目を真ん丸に見開かせた。 遅めの昼食を終えたところで比良に「ちょっと待っててくれるか」と言われ、2フロアを占める吹き抜けのブックカフェの一角でちょこんと待っていたら。 周囲の視線をやたら集めつつ大股で風を切って颯爽と比良は戻ってきた。 セレクトショップの紙袋を大事そうに抱えて。 「プレゼント」 「えっ……はっ……はい?」 「さっき試着したコートだ。大学の入学祝い」 ソファの端っこに座って呆気にとられていた柚木は差し出された紙袋を反射的に受け取ってしまった。 「た、たたかった……っ」 「戦った?」 「違っ、コレ高かったよね? こんなのもらえないよ、比良くん……」 慌てふためく柚木がそう言えば。 隣に腰かけた比良はシュン……と寂しげな表情を浮かべた。 で……出たっ……。 大豆(飼い犬)だっ……。 留守番でぼっちにされるときのクーン顔だ……っ。 「ごめん、大豆」 「え?」 「あ、違った、うん……えっと……ありがとうございます……今度、おれも何かお返しするから」 受取拒否が申し訳なくなり、やむなく頂戴した柚木が困り顔で礼を言えば。 比良はふわりと頬を緩めて「どういたしまして」と、柚木および近くにいた女性陣が「うっ」となるレベルの目映い笑みを零した。 「俺の買い物もこれで済んだし。そろそろ行こうか。そっちの荷物は俺が持つ」 「えぇぇえ、またっ? もういーよ、誰かのおやつ入ってるわけでもないし、これ全部おれのだし……」 結局、ショップ袋二つを比良に持ってもらい、柚木はスプリングコートの入った大きめの紙袋を肩から提げた。 「俺の家においで」 もう解散かと思っていたから。 そのお誘いには驚いた。 ……比良くんちは郊外の高級住宅街にある。 もちろん行ったことなんかない、三年間同じクラスだった学校生活でただ聞いただけ……。 「うん、行く」 比良の自宅に純粋に興味があって柚木は頷いた。 それに。 家族のいる家ならば卒業旅行で体験したようなことは決して起こらないと思ったから。 「……あれ……?」 だから。 電車に乗らず、駅ビルより徒歩二十分ほど、入学式まで間もない大学から程近いエリアに案内されて不思議に思った。 「比良くんちってここ?」 閑静な裏通りに建つ新築マンション前で比良は立ち止まり、柚木はきょとんした。 「ああ」 「へぇ~、最近引っ越してきたんだ?」 「一昨日に越してきた」 「そんな最近? じゃあバタバタしてるんでない? お邪魔して大丈夫?」 「もう家具の搬入も済んで内装も落ち着いたから問題ないよ」 「ふ~ん」 「ちなみに一人暮らしだから」 え? 綺麗に刈られた生垣を前にし、見事な棒立ちになっている柚木を見下ろして比良は続けた。 「片道二時間近くかかるから、親と相談して、一人暮らしすることに決めた」 ……経済力すご。 一人暮らしにも当然憧れる、でも現時点でウチはむりだな、でもいつか実家暮らし卒業して自由な生活謳歌してみたいな~、でも大豆と別れるのは淋しいかな、もっと散歩させてやりた……。 一人暮らしの比良くんちに安易にお邪魔していいんだろーか? 春休みといえどもポカポカ陽気はまだまだ先。 日陰に入ればヒンヤリ冷たい夕方だった。 「えーと、えーと、えーと」 どうしようかあからさまに迷っているあせあせ柚木に比良は意味深にスゥと目を細め、問いかけた。 「柚木、もしかして俺が怖いのか?」 怖いわけじゃあ、ない。 ただ、またあんなことになったらと思うと、どーにもこーにも……。 「……比良くんのこと、おれ、怖くないよ」 「それならおいで?」 「……う……うん」 「柚木、俺の新しい家に初めて招くお客さんだよ」 「え、ほんとっ?」 病みつきになりそうな優越感が脳内にどぱっっ、柚木は頬を紅潮させ、見ず知らずの通行人にチラ見されっぱなしの比良を見上げた。 ……あんまり迷うのも失礼だよな。 ……ちょこっとお邪魔して、一人暮らしの雰囲気味見したら、帰ろうかな。 「そ……それじゃあ……お邪魔します」 十三階建てマンションの九階にある比良のお部屋はワンルーム、一昨日に越してきたばかりとは思えない、段ボール一つすら見当たらない落ち着いた居住空間に仕上がっていた。 「わぁ~……部屋までかっこいい~……いいなぁ~」 まんまと浮かれた柚木は顔を輝かせてゆったり快適そうな部屋を横切り、上階からの眺めに興味津々、ベランダへ直行、そしてギクリとした。 カラスがいた。 手摺りに一羽、やたらでっかい、ただならない風格を纏うカラスがとまっていた。 柚木が来ても逃げる素振りゼロ、おっかなくて人間の方がすごすごと退散した。 「比良くん、まさかあのカラス飼ってるの?」 洗面所で手洗い、ウガイをしていた比良に「飼ってないよ。この辺に棲みついてるみたいだ」と回答されると再び窓越しに怪訝そうに窺った。 この辺、山も林もないのに。 こんなでっかいの、どこから飛んでくるんだろ? おっかない柚木はカラスを刺激しないようレースカーテンを丁重に閉じた。 それでも気になって、置き物みたいにじっとしているカラスをまじまじと観察していたら。 「×日振りの身体検査始めようか、柚木」 不意に耳元で囁かれたかと思えば。 ……ぎゅうぅぅうっっ…… 後ろから比良に、猛烈ハグ、された。

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