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三月から四月にかけての春休み中。 柚木は比良に飽きられたと思っていた。 短い休み期間とはいえ、一度だって会わず、連絡さえなくて。 弓道部や友達との付き合いで忙しく、自分は切り捨てられたのかもしれないと、彼からのメール一つすら届かないスマホ片手にぼんやり思った。 ……おれから連絡するのも気が引けるし。 ……迷惑かもしれないし。 未だに下から目線が抜け切れていない柚木は悶々となる傍ら、マンガを読んで夜更かししたり、気心の知れた友達や飼い犬の大豆と遊んだり、まぁまぁそれなりに楽しい春休みを過ごした。 そうして迎えた一学期の始業式。 「おはようございます。歩詩(ふうた)君を迎えにきました」 朝っぱらから我が家に比良がやってきた。 「うぇ、ぇ、え? 比良くん、こんな朝早く、どしたの?」 まだパジャマ姿だった柚木は、すでに面識がある息子の同級生の爽やか男前っぷりに惚れ惚れしていた母親をキッチンに追い返し、寝惚けまなこで尋ねた。 勢いよく飛び出してきた大豆をしゃがんで撫でていた比良は。 三学期修了式ぶりとなる笑顔を、しかもハニカミ気味に柚木に捧げて答えた。 「高校最後の一年になる初日、柚木と一緒に登校したかったんだ」 ……あ、眩しい、比良くんの爽やかオーラにやかれて目が燃えそう……。 よって柚木は大慌てで朝の支度を済ませ、玄関で大豆の相手をしながら待っていた比良と共に学校へ向かった。 「いつも思うけど、歩詩って名前、かわいいな」 「おれはやだな、だって昔レッサーパンダでいたでしょ、それでよくからかわれたから、あんまし……」 つぅか、名前かわいいって言われるのも、あんまし……。 「二本足で立つの、かわいかったな」 燦々と降り注ぐ朝の日差し。 眩しそうに顔を(しか)めるでもなく堂々と一身に浴びて、いつだって姿勢正しく背筋ピーン、凛とした佇まいに磨きがかかっている比良を柚木はチラチラ見上げた。 比良くんの下の名前は柊一朗(しゅういちろう)だ。 この見た目と和風でキリッとした名前の一体感、半端ないよ、うん……。 それにしても。 てっきり飽きられたと思っていたから。 「でもパジャマ姿の方がかわいかった」 こうして迎えにきてもらって、びっくりしたけど、嬉しいな……、……ん? パジャマ姿? レッサーパンダがパジャマ着たの? 徒歩通学の柚木は通行人や同年代の視線を集める比良の隣で首を傾げつつ、学校に到着したのだが。 生徒用玄関前に張り出されたクラス替えの一覧表を確認してがっかりした。 一年、二年と同じだっただけに少々ショックであったが、こればっかりは仕方ないと、玄関前に集まる生徒の集団から頭一つ分飛び出ている比良を見上げた。 「クラス分かれちゃったね」 「抗議してくる」 「へっ?」 「先生達に抗議してくる」 「へっ? はいっ? えっ?」 「こんなクラス替えありえない、断固として許さない」 「そこまで言う?」 「フロアまで違うなんて信じられない、一先ず校長先生に会いにいってくる」 「あわわわ……」 その後の柚木は……比良が校長室や職員室に抗議に行かないよう何とか言って聞かせ、それでも受け入れられずに憮然としている彼に「昼休みは会えるよっ? またあの空き教室でお昼食べようっ?」と精一杯元気づけた。 顔見知りの後輩や意識高い系運動部の面子に声をかけられても、ショックの余り無反応でいた比良は。 他の生徒が新しい教室へ続々と向かう中、受け入れ難い現実に打ちのめされて玄関前から離れられずにいた彼は、最愛なる元クラスメートをじっっっと見下ろした。 「柚木と一緒のクラスがいい」 しょんぼり…… 「う……」 しょんぼりモード炸裂な比良に柚木はぐっと詰まった、しかしこのままでは一学期初日から遅刻してしまう、それだけはなるべく避けたくて。 「ほら、行こう、比良くんっ」 比良の背中をグイグイ押してその場から移動させた。 「ーー比良くん、早くっ、水曜の五限体育なんでしょ、着替えなきゃ!」 「……戻りたくない、柚木と一緒がいい」 「おれも次移動だからっ、早く早く! も~~!!」 そう、始業式初っ端から離れ離れの教室へ行きたがらない、しばしば「今生の別れ」モードになる比良の背中を柚木は全力で押し続ける日々にあった……。

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