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柚木にナイショで比良は計画を進めていたらしい。
「ば、場所どこ? ここから二時間って、電車で? バスで乗り換えとか?」
「ナイショ」
「えぇぇぇえ」
予鈴が鳴り始め、大慌てで天丼をかっ込みながらも教えてくれない比良に柚木は戸惑った。
「荷物も俺が準備するから。柚木は手ぶらでおいで」
「え? 着替えは?」
比良はにこやかに首を左右に振り、悠然と着席したままでいる彼を柚木はあせあせ立たせつつ、予想もしていなかった明日からの旅行に……どちらかと言えば不安を抱いた。
急すぎてなんか焦るな。
大体、荷物どころか着替えもいらないってどーいうこと?
まさか裸で過ごすよう強制されたりとか……ヒィィ……。
「柚木」
駆け足で教室へ戻る生徒が多数いる中、比良の触り心地よき背中を恐れ多くもグイグイ押し、やっと廊下へ出た柚木は顔を上げた。
「これ、忘れないでくれ」
比良はそう言って自分の左手の薬指を指し示してみせた。
指輪のことだ。
二月のバレンタインデー前にプレゼントされ、なくしたら怖いので、柚木は勉強机の引き出しに封印……家族に見つからないよう仕舞っていた。
「うん、わかったから、比良くん、早く」
「明日の朝、迎えにいくから」
「えぇぇえ、んなわざわざ、どこかで待ち合わせしようよ」
「柚木のこと迎えにいきたいんだ」
マイペースな歩調で歩む比良の背中を押し続け、柚木は、やっと教室に到着した。
「じゃあね、比良くん」
そこは比良のクラスだった。
三年になって二人は初めて教室が別々になったのだ。
「柚木、行かないで」
は、始まった、いつものやつが。
「ひ、比良くん、いい加減もう慣れよ? もう五月入ったんだし、ほら、センセイ来ちゃうから自分の教室入って入って」
「柚木も一緒に来て」
唐突に背中を屈めた比良に顔を覗き込まれる。
誰もが認める凛々しく整った男前フェイスが今にも「クーン」しそうな様子で目の前に迫り、柚木はド赤面、慌てふためいた。
「おれは下のフロアだからっ、急がなきゃまた遅れるっ、じゃあねっ」
柚木はクマさんを相手にでもしているかのように馬鹿力を込めた。
生徒の注目を浴びる中、比良を教室の中へ押しやるのに何とか成功した。
「じゃあね!」
「あ、柚木……」
ヒィヒィしながらダッシュで廊下を駆け抜け、階段を下り、自分の教室へ。
着席した瞬間、五限の教師がやってきて、ほっと胸を撫で下ろした。
……比良くん、昼休みの後に毎回「今生の別れ」みたいになるの、勘弁してほしい……。
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