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第9話 りんごぐみの部屋

まだ八時半前ということもあって、子どもや保護者ばかりか、先生たちも殆ど居ない。 数名の先生に「おはようございます」と声を掛けると、向こうも挨拶を返してくれる。 実習生が来たんだな~という顔をしている。 お、お世話になります。 そうこう歩いているうちに『りんごぐみ』まで辿り着いてしまった。 職員室から一番遠い場所なのに、あっという間だった。 ドアの前で一呼吸。 それから僕は部屋へと足を踏み入れた。 ぐるりと部屋を見回すと、そこには三人の女の子しか居なかった。 「おはよう」 僕の第一声に直ぐ様反応を示した女の子たちは、目を丸くすると、矢継ぎ早に質問してきた。 「先生、今日からりんごぐみの先生になるの?」 「先生、名前何っ?名前!」 「何でりんごぐみの先生になるの⁉」 側まで来て僕を見上げて、とっても嬉しそうだ。 実習生といっても、やっぱり僕の事を先生って認識してくれているんだな~。 「せ、…先生の名前は、麻生大夢っていうんだよ」 「ふぅ~ん。大夢先生かぁ…」 突然ガシッとエプロンの裾を掴んで、引っ張られる。 「わわっ⁉」 目を向けると、そこには興奮した様子のふたつ結びの女の子がしがみついていた。 「大夢先生、私は川島ゆり!」 「私は新見若菜‼」 「私は~」 そんないっぺんに言われても覚えきれないよ! 取り敢えず、ふたつ結びの気の強そうな子が川島ゆりちゃんというのは覚えた。 「ねぇねぇ、真琴先生は?」 急に若菜ちゃんが訊いてきた。 …真琴先生? それって、りんごぐみの担任の先生かな? 僕は事前実習に来たけど、所長と副所長、主任の美由紀先生にしか会ってない。 さっぱり事情の分からない僕は首を捻った。 「うーん…。まだ来てないみたいだけど、もう少ししたら来るかな?」 言いながら鞄をロッカーの上に置く。 どこに置いていいのか分からないけど、あとで確認したらいいだろう。 そして鞄から帽子を取り出しながら女の子たちに振り向いた。 「先生は外の掃除に行ってくるから、またあとでね」 「はーい」 「あとでね~!」 「先生、また遊ぼうね!」 僕の言葉にみんなニコニコと応えてくれる。 なんて素直で可愛いんだろう。 そんな小さなことで、ぼくの緊張は嘘みたいに静まっていった。 それから僕は外で掃除をしている美由紀先生から道具の場所を訊いて、せっせと園庭の掃除を始めたのだった。

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