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第14話

先ほどよりも強い陽差しで汗を噴きだしながらサボカフェに到着すると、サボさんは煙草を銜えながら開店準備をしているところだった。 店内にはBlurの『 Under The Westway』がかけられていて、デーモンの少し高めの声色が店内に響いている。 サボさんは鼻歌を交えながら、機嫌がよさそうにトマトを刻んでいた。 その姿を見つめながらカウンターに腰を下ろすと、ようやくサボさんが顔を上げた。 「サボさ~ん、美人さん連れてきたよ。」 「あ?もう来たのか?」 サボさんが俺に口端だけで微笑んでから、隣に立つ透さんを見る。 細めの瞳を思い切り見開き、固まったように動かないサボさんを見てほくそ笑む。 「な?美人だろ?」 俺の茶化しにも微動だにせず、いくらなんでも不躾すぎる視線に不審に思いながら透さんに視線をうつす。 すると透さんも、サボさんをじっと見つめ返していた。 色のこもった熱視線というよりは、じっくりと相手を探るような目つきで2人は見つめ合っている。 その梅雨空のようなじっとりとした空気に耐えられずに、俺はわざと明るいトーンで話しかけた。 「サボさん、見惚れちゃった?」 俺の声にようやく意識を取り戻した様子のサボさんは、素っ気ない声で手元のトマトに視線をうつす。 「……ああ。見ない顔だな?」 「もしかして、ひとめぼれ?」 高校からの付き合いにはなるが、サボさんが誰かと付き合ってるとか、そういう色恋話は耳にしたことがない。 こういうお店だから、ちょくちょく声を掛けられているのは何度か見るが、サボさんは決して靡いたりしたことはないようだった。 もしかしたら、本当はゲイじゃないのかもしれない……なんて疑いの目を持ちつつも、俺にとってはいい相談相手であり、常識を持った大人の友達であることには変わらない。 そんなサボさんの珍しい反応に、俺のほうが調子を狂わされてしまう。 「バーカ。」 そう言って俺の頭を容赦なく殴るサボさんの顔を隠れ見ても、照れだとかそういうものは見つからない。 気のせいで片づけてしまうには、心が落ち着かない。 「あー、サボさんじゃ無理無理!じじいなんて相手にしてもらえねえよ?」 「誰がじじいだ?このスマホをトマトと一緒にマリネにつけてやってもいいんだぞ?」 そう言って、半分本気の目をしたサボさんが、トマトと一緒に俺のスマホをひらひらと目の前で揺らす。 「あー、うそうそ!ごめんって!」 スマホをサボさんから受け取り、大事に両手で包み込む。 そんな俺たちの様子を見ていた透さんが、くすりと微笑む気配があった。 「どうも。急にすみません。」 「いや、開店前で暇だし……。」 そう言いながらも、サボさんは決して透さんと視線を合わせることはない。 「透さんも座ってください?」 俺が椅子を引いて促すと、透さんは恐縮しながら腰をかけた。 「あの、急にお邪魔してすみません。ひゅうの友達に会ってみたかったので。」 「友達じゃねえよ。ガキは苦手なのに懐かれて困ってる。」 「まーまー。細かいことはなんでもいいじゃん?透さんがせっかく来てくれたんだしさ~。」 「透っていうのは……?」 「本名です。」 「え?」 今度は俺が驚く番だった。 てっきり通り名だとばかり思っていたから、透さんに視線を送ると柔らかく微笑まれた。 「あの不躾ですけど、どこかでお会いしましたか?」 そう言って、先ほどと同じように澄んだ声で透さんがサボさんに尋ねる。 「ナンパなら他あたったほうがいいかもな……。美人は苦手だ。」 そう冷たい声で、切り捨てるように言った。 サボさんは透さんには目もくれずにジャガイモの皮を器用にむいていると、透さんはにっこり微笑みながらゆっくりと落ち着いた声を発した。 「いえ、そういうんじゃなくて。本当に会ったことがある気がします。」 「俺もここ長いから、道端でばったり……なんてこともあると思うけど?」 「俺はここ長くないので、ここら辺で会う機会は少ないと思いますけど?」 2人でなんだか妙な空気になっていくのを黙って見守りながらも、透さんの必死さを不憫に思う。 サボさんは相変わらず透さんのことを見ることもないし、俺はおずおずと透さんの肩を持つことにした。 「サボさんじじいだから、忘れちゃったんじゃないの?」 「そこまでボケてねえよ。」 呆気なく言い返され、俺は仕方なく口をとざす。 なんだか、入り込んじゃいけない雰囲気に思えたし、サボさんもいつもよりもつんつんしていて様子が異なる。 居心地の悪さを覚え、俺は早く帰りたくて透さんを見つめる。 「透さん、そろそろ行きます?」 俺がそう声をかけても、透さんは動く気配がない。 「サボさんの本名、教えてもらえますか?」 「悪いけど、素性の分からない一見さんには教えられねえな。」 「そうですか。」 落胆するわけでもなく、いつものように優しく微笑んでから透さんも腰をあげた。 ようやくこの場から離れられることを嬉しく思いながらも、2人の関係がもやもやと心に残っている。 「また、来ます。」 そうはっきりと断言して、いつものようにふわりとした笑顔を浮かべながらも、透さんの目はまっすぐサボさんに向いている。 サボさんは疲れた様子で大きなため息をつくと、ようやく透さんをちらりと見つめ返した。 「素性話す気になったらいつでもどうぞ。」 低く素っ気ない声でそれだけ言うと、仕込みの邪魔だとさっさと追い出された。

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