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第15話

――すげえ、疲れた……。 なんだか、とてつもなく長い一日だった気がする。 自室のベッドにうつ伏せで倒れ込みながら、一日で起きた出来事を思い出していると……急にスマホがうーうーと鳴り始めた。 どうせLINEかメールだろうと無視していると、いつもよりも長いバイブ音に、仕方なくスマホを尻ポケットから取り出す。 頭を持ち上げるのすら億劫で、ごろんと横向きに体制を変えると……ディスプレイに『相葉 司』と書かれているのが目に入り、心臓がドクンと大きく跳ねる。 「なんで、相葉の番号が?」 思わずがばっと起き上がると、再びスマホが鳴りはじめる。 絶対出たくないと思いながら、何度も何度もしつこく鳴り続けるスマホに、俺は枕を押し付けて黙らせた。 ようやく大人しくなったことに安堵していると、今度は短い振動を感じてスマホを枕の下から取り出した。 メールが一通。 差出人はまたも『相葉 司』だった。 大きなため息をはきながらメールを開くと、そこには何の文章も書かれていない。 不審に思っていると、添付してあるファイルに気が付いた。 嫌な予感しかしないが、恐る恐る開いてみると……俺が全裸でベッドに転がってる写真が添えられていた。 その後すぐにまた着信があり、俺は名前を確認するまでもなく通話を押した。 「1回で出ろよ。」 不機嫌そうな低声でそう話すのは、俺をくたくたに疲れさせた張本人だった。 「なんで相葉の番号が入ってんだよ?」 「俺が入れておいた。」 「はあ?お前と会う前のサボカフェに忘れたのに、なんでお前の番号が入ってんだよ。」 「さあな。」 「さあなって……。」 答える気なんてさらさらないようで、電話の向こうでは暢気に煙草をふかす吐息が耳をくすぐらせる。 「ってゆーか、さっきの写真なに?」 「ああ。本物よりよく撮れてんだろ?」 そんなつまらない冗談を言いながら、喉奥で笑う声が響いている。 「そーじゃなくて、なんであんな写真……。」 「あんなって?」 「俺、服着てねえし。」 「ああ。風呂上りだからな。」 「消せよ。さっさと。」 「なんでお前に命令されなきゃいけねえんだよ?」 「アレも思っていたよりでかかったし、自慢になるんじゃね?」 「人のもんじろじろ見てんじゃねえよ!変態がっ!」 「誰彼構わず股開いてるから、こういうことになるんだろーが。今後は相手を選んだ方がいい。」 「お前が言うな!」 俺の声が大きかったせいか、下の階からどんと床を叩く音が聞こえてくる。 仕方なく、怒りを抑えるために大きなため息をはいた。 「そんなことより、今から来い。」 俺の全裸写真など相葉にとっては「そんなこと」と言える程大したことではないらしい。 ぶつける相手を失った怒りが、俺の中でふつふつととぐろを巻く。 「はあ?嫌だよ。疲れてるし……。」 っていうよりも、今後一切相葉に関わりたくない。 昨日の現実をリセットしたいくらいなのに、なんでわざわざ相葉の家になんてのこのこ行かなくてはいけないのか……。 「片岡にバレていいのか?」 「……。」 「お前がキスしてたのも、お前が片岡好きなのも、お前が毎晩男と遊んでんのも知ってんだけど?なんなら、昨日のハメ撮り写真も見せてやろうか?」 「ハメ撮り!?」 「ばっちり結合部撮れてるから、どんな馬鹿でも分かるんじゃね?大好きな片岡くんに見てもらって、男同士のセックスも勉強してもらおうぜ。」 「本当、性格悪い。」 透さんがそんなに悪い奴ではないと相葉のことを表現していたが、俺には悪魔にしか思えない。 ぐるぐると苛立ちばかりが募っていくが、当の本人はきっと涼しい顔でいるに決まっている。 「……行けばいいんだろ?」 「最初っから素直にそう言えよ。30分で来い。」 「は?俺、足ないんだけど……。」 「6秒経過。」 「くそが!」 急いでスマホを切って、大きなため息をひとつ落としながら俺は部屋を出た。 リビングにいる親に気が付かれないように家を出ると、まだまだ太陽は高い位置に居座っている。 げんなりしながら自転車に跨ると、誰かが話す声が風にのって聞こえてきた。 ――誰だ……? 余りにも小さな声で囁くように話す声が逆に気になってしまい、俺は自転車を転がして、声がする路地の方へと静かに足を進めた。 蝉が必死に鳴く声がうるさくて、近づいてもなかなか話す声が聞こえない。 じっとその場に留まっていると、声よりも先に親しみのある香りに気が付いた。 気が付かれないように路地を覗くと、長身の男が背中を見せて立っている。 そのふわふわの栗色の髪の毛には、もちろん見覚えがあって……愛おしい人の姿に、否応なしに胸が高鳴る。 壁に背中をつけて立っているのは、水色のワンピースを着た女だった。 こんなにくそ暑いのに、腰までまっすぐに伸びた黒髪をすとんとたらし、風にさらさらと靡かせていた。 その女から漂ってくる髪の匂いだということは、すぐに分かった。 俺が風呂に入った時に感じる香りと同じだったから……。 顔なんて見えなくても、そこにいるのが分かる。 この世界で俺にとって一番近い存在の人間だから。 2人の顔は見えなかったが、気軽な世間話をしているようには見えない。 偶然を装って声を掛けるのも躊躇われる程、2人の世界に浸っている。 その空気に触れているだけで、なんだか俺にまで緊張が伝染してくる。 砂羽の口元が少し動いたと思ったら…… 次の瞬間、砂羽が女にもたれかかる様に腰を屈めて2つの影を重ねた。

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