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第17話

相葉に連れられて、また相葉のマンションまで来てしまった。 もう二度と来ることはないと思っていたのに、1日と待たずにまたここにいるのがなんだか不思議な感じ。 馬鹿でかくそびえ立つマンションを見上げながら、大きく背伸びをする。 タクシーを降りる時に財布を出すために手を離されると、先ほどまでの温もりに慣れてしまったせいか……夜になっても気温はさほど下がらないのに、妙に手先が冷たく感じる。 相葉に繋がれていた指先をなんとなく眺めていると、支払いを終えた相葉が俺の手をふわりと包み込む。 今まで暗かったからそんなに気にもならなかったけれど、エントランスの明るい光にはっきりと照らされると……再び恥ずかしさがむくむくと大きくなる。 「あ、相葉……もう。」 そう言って足を止めると、相葉は俺を振り返って俺の視線の先を辿る。 「何?」 「いや、もう着いたし……。」 「また迷子になられると困る。」 「え?おい!」 面倒くさそうにそう言うと、相葉は気にした様子もなく俺の手を先ほどよりも強く握って、すたすたと歩き出した。 その勢いで前につんのめりながら、少し急ぎ足にフロントを通り過ぎる。 他の住人ともすれ違い、フロントにはなぜか人が立っていて声をかけられるし……俺よりも相葉が迷惑だろうと声をかけたのに、相葉は周りの視線などまったく気にしていない。 俺のほうがそわそわしながら相葉の部屋まで辿りつくと、なんだかほっとしてしまう自分がおかしくてふっと笑ってしまった。 中学の時は2人になるのが嫌で嫌で仕方がなかったのに。 ――なんか俺、頭おかしくなったのかも……。 苦笑いしながら部屋に上がると、相葉に促されてそのまま脱衣所へと押し込まれた。 熱いシャワーを浴びていると、先ほどまで繋いでいたべとべとの手も泡と一緒に流れていく。 その様子をなんとなく目で追っていると、妙にセンチメンタルな気持ちになり、慌てて風呂場を飛び出した。 先ほどまで俺が着ていた服は既に洗濯機に回されていて、俺のために用意してくれたであろうタオルとシャツが綺麗に畳まれておかれていた。 なんだか世話を焼かれていることが気恥しく、でも別に嫌ではない。 母親以外に世話をやかれたことなどなく、どういう反応をしていいのか分からずに困る。 ――相葉って、こんな奴だったっけ……? 頭を傾げながら用意してくれたシャツに袖を通し、腰にタオルを巻いて脱衣所を出た。 「ほら。」 「え。」 ぺたぺたと廊下を歩いていると、リビングでビールを飲んでいた相葉にアイスノンを渡された。 「冷やしとけ。明日腫れるから。」 目の上を指されてそう言われ、自分がひどい顔をしていることを思い出した。 「……ありがと。」 それを大人しく受け取り、目の上を冷やす。 じんじんと熱をもっていたそこが、ひんやりとした感触が気持ちよくて目を閉じていると……相葉が俺の髪に手を伸ばした。 なんだろうと驚いて目を開けると、俺の髪を肩にかけていたタオルで拭き始めた。 「乾かさないのか?」 「え?あー……面倒臭くて。」 今日はひどく疲れているし、俺がそう答えると……相葉が脱衣所からドライヤーをもって戻ってきた。 「座れ。」 「え?」 相葉に促され、俺は革張りのソファに背中をつけて尻をつける。 すると相葉は俺を跨いでソファに座ると、当然のようにドライヤーをかけ始めた。 テレビも音楽もないせいか、ひどく静かだった部屋がドライヤーの音でにわかに騒がしくなる。 相葉は無言だし、背中に感じる相葉の気配に最初は硬くなっていたが……。 相葉の指腹が頭に触れる感触が心地よく、ドライヤーの熱もあいまってなんだか瞼が重くなってきた。 大きな欠伸をしていると、「ここで寝るなよ」と釘を刺される。 「相葉が優しいなんて、変な感じ。」 思ったままをぽつりと告げると、相葉がいつもの調子で答えてきた。 「誰が無料で泊める言ったよ?一泊5千円。優しさ1回1万円。」 「一泊代より高えじゃん。」 くすくすと笑いながらソファにどっかりと背中につけて見上げると、予想以上に優し気な表情で俺の髪を触れる相葉と視線があった。 なんだか見つめ合ってるのが恥ずかしくなって、すごすごと俯くように姿勢を直す。 そのまましばらく大人しくしていると、再び眠気がおそってきた。 「おい。マジで寝てんのかよ。」 そんな呆れた声が上から降ってきたが、目を開けるのも口を開くのも億劫で……寝返りを打って聞こえないふりをした。 「無視かよ。」 そう突っ込みながら、大きなため息をつかれた。 このまま寝てしまいくて、さらに深く落ちていくと……膝裏に何かが触れる気配がした。 なんだと思いながら薄く目を開けると、そのままふわりと持ち上げられる。 男だし、そこまで軽くもないのに、軽々と俺を抱えると……そのままベッドにどさりと下ろされた。 スプリングが大きく上下し、俺の身体をすっぽりと抱きとめてくれる。 ふかふかの枕に頬を埋めると、髪の毛をすっと耳にかけられた。 そのまま耳たぶをつままれ、頬を指先でなぞられる。 その感触がくすぐったくて相葉の指を掴むと、相葉がベッドに腰を下ろした。 俺が掴んだ指先を、逆に大きな手のひらで包み込まれる。 先ほどまで触れていた時間が長いせいか、妙に親しみを覚えた手のひらが気持ちいい。 その手を握り返すと、もう片方の指先で鼻をつままれた。 息苦しくなり少しだけ口を開くと、その指先が唇に触れる。 唇をゆっくりとなぞる指先に、ぞくりと背筋が震えた。 寒気とは異なる……内に感じる熱に、うっすらと目を開ける。 すると、相葉とばっちり目が合った。 「狸寝入りしてんじゃねえよ。」 そう言って軽く額をでこぴんされ、俺をじろりと見下ろす目におずおずと声をかける。 「……気づいてた?」 「持ち上げたとき、目開けたろ?」 「最初っからじゃん。」 なんだか気が抜けてふっと息をはくと、相葉もごろんとベッドに横たわる。 「な、何?」 「何って、寝るんだけど。」 「え?」 「昨日お前のせいでソファで寝たら、腰痛くなったし。」 「じゃあ、俺がソファ行くし。」 そう言って身体を起こすと、ぱしっと手首を掴まれた。 「何、慌ててんの?」 「別に……。」 「俺に喰われるとでも思ってんの?」 「そういうんじゃないけど……。」 「けど?」 「嫌だろ?」 「は?」 「お前、俺のこと嫌いじゃん?」 じっと俺のことを見つめる双眼に捕らわれて、俺も静かにその目を見つめ返す。 俺の言葉に相葉はなぜか軽く噴き出すと、そのままごろんと横になった。 「何?」 「おやすみ。」 「……おやすみ。」 意味が分からずに相葉をちらちらと見つめたが、相葉は俺の視線は無視して寝息をたてはじめる。 その規則正しい寝息に連れられ、俺もいつの間にか寝入ってしまっていた。

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