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第19話
5限の授業を終えると、俺は砂羽から逃げるように教室を後にした。
1日がとてもとても長くて、砂羽と授業を合わせていたのがこんな時に裏目に出た。
授業を終える頃にはすっかり疲れ果てていて、すぐにでもベッドに潜り込みたい気分だったが、どうせ寝られそうもない。
門の前で野村と合流すると、ゆっくりと駅に向かって歩き始めた。
俺が話さなくてもいろいろな話題を振ってくれるから、会話は苦にならない。
ほとんどの話題の中心は砂羽で、俺の知らないサークルでの砂羽のモテ具合なんかを面白おかしく盛り盛りで話してくれた。
野村にはあんま金がないとだけ伝えると、給料が入ったばかりだから奢ると気前よく豪語すると、駅前の居酒屋に並んで入店した。
まだ時間が遅くもないから店内は空席が目立ち、半個室のような席に通されてビールで乾杯する。
「片岡とは付き合い長いんだっけ?」
「えっと、小学校の頃から……かな。」
「すっげえ!幼馴染で大学も一緒って……すげえ仲いいんだなぁ。」
「仲いいっていうか、腐れ縁に近いのかもしれないけど……。」
共通の話題が砂羽くらいしかないからか、さっきからずっと砂羽の話オンリー。
無言で気まずいということはなかったが、息抜きには少しもならない。
ピッチを上げてビールをぐいっと飲み干すと、野村はタイミングよく店員を呼んでくれる。
そんな野村に背中を押され、3杯目のグラスを空にした頃には、俺もほろ酔い気分で口も大分軽くなっていた。
最初は大堀と呼んでいた野村も、気がつけば俺のことを日向ちゃんと呼んでいる。
距離の詰め方がうまいというか、慣れている。
砂羽の友達だということもあって、女慣れしてんだなぁと思いながら……野村に勧められるままレモンハイを半分程胃におさめる。
「日向ちゃんって彼女いるんだっけ?」
「え、いないけど?」
「じゃあ、いっか。」
「何が?」
「俺としない?」
そう言って笑うと、向かいの席に座っていた野村が俺の隣に腰を下ろした。
「は?」
「セックス。」
卑猥さをまったく感じない口ぶりで軽快にそう言うと、馴れ馴れしく俺の肩に腕をまわす。
「ぶっ!」
しばらく意味も分からず放心していたが、野村の意図に気が付き思わず口に放り投げたばかりの枝豆をぽろりとこぼした。
「汚っ!」
「ごめっ!!いや、でも……なんで急に?」
酒のせいで頭は回らないし……というよりも、新宿でもないのにこんなフランクに誘われるとは思わなかった。
やっぱり俺ってそっちに見られるのかと慌てながら野村を見つめると、屈託なく微笑まれて調子が狂う。
「え?急じゃないって……前から狙ってたし。今日誘ったのもそのつもりだし。」
「いや、それ俺は知らないし……。」
「片岡には微妙に気づかれているみたいだから、なんか警戒されてるけどなぁ……。今日もしつこかったし。」
そう言って苦笑いを浮かべながらも、砂羽にバレても気にしてないように見える。
その度胸というか軽さというか……俺にはひどく羨ましく映る。
「ってゆーか、砂羽のことも誘ったのか?」
「はあ?いや、無理無理!俺、片岡みたいなの抱く趣味ないし。片岡も女で事足りてるだろうし。」
そう言ってにっこり笑うと、俺の頬に触れるだけのキスをした。
「で?モテない俺なわけか……。」
「ちょっと2人でAV見るような軽い気持ちでさぁ?」
「……。」
「男同士なんて相互オナニーみたいなもんだし、気楽に楽しもうよ?」
「……そんなんで出来るもん?」
「試してみない?」
そう言って笑う野村に他意は感じない。
本当にただ軽い気持ちで誘ってきたのが分かるから、俺もなんだか笑ってしまった。
「ま、いっか。」
「え?」
「ホテル代出せる?俺金欠だから。」
残っていたレモンハイを一気に飲み干し、唐揚げをつまみながら野村を見つめる。
「まじで?まじでいいの?」
俺がオッケーするとは思ってなかったのか、大きく見開いて驚いている。
今まで話したこともない同性の男に誘われて、大して酔ってもいないのにオッケーを出す男も少ないのかもしれない。
もう少し渋ったほうがよかったのかも……と思いながらも、野村も大して気にした様子もないし「ま、いいか」と腰を上げる。
「俺の家近いんだけど、そこでいい?」
「あ!でも、1つ条件あるんだけど。」
「なに?」
「砂羽には言わないって……約束出来る?」
「はあ?言わねえよ。言っても引かれるだけだろ?」
「まあ、そうだけど……。」
「俺もそろそろ彼女ほしいし、変な噂になったらお互いマイナスだろ?」
そう言って笑う野村はとても自然で、だからこそ俺の胸に刺さった。
***
「シャワー借りるよ?」
「おお。綺麗に洗って来いよ。」
野村と入れ違いでシャワーを借りて、いつもよりも念入りに身体を洗う。
浴室から出ると、脱いだ衣類は当然そのままで、タオルも勝手に棚の上から拝借する。
野村の部屋はごくごく平均的な大学生の独り暮らしのアパートで、相葉の家みたいな豪華絢爛さはなかったが、その普通さに安心した。
昨晩との待遇の違いに若干肩を落としながらも、かごに山盛りの洗濯物が詰まった脱衣所から出ると、野村がちらりと視線を向ける。
タオル1枚腰に巻いただけの格好で、不躾な視線に戸惑いながらも野村に促され、大人しく隣にすとんと座った。
ベッドが軽く軋み、狭いベッドでお互いの指先が少し触れあう。
テレビでは裸の男女が絡み合っている映像が大きく映されていて……どこを見ていいのか分からずに、自分の膝をじっと見つめる。
AV女優の喘ぎ声だけがやけに大きく響く室内で、男2人が裸でこれから何をするのか……
その先を想像して、尻の辺りがむずむずする。
先ほどまでAVを見ていたはずなのに、野村は先ほどからずっと俺を見つめている。
タオルすら透視してしまうのではないかと思うほど、野村の視線は射るように俺を捉えていて。
先ほどはノリの延長みたいな誘い方をしたくせに、意外にもその目は真剣だった。
その視線をまっすぐ見つめ返す気にはなれず、場を和ますために何か話そうかと思っても特に話題がない。
1人でぼんやりと考えていると、野村に太ももをするりと撫でられて現実に戻された。
ぞくりとした甘い痺れに野村を見上げると、頬に手が触れる。
「やっぱ、怖くなった?」
俺の表情が硬くなっているからか、野村が心配そうに顔色を窺う。
しかし、俺はゆっくりと首を振る。
怖さはない。
もう何度もした行為だから、怖さではない。
だけど、俺とは違うフィールドで生きてる人との行為に戸惑いはある。
遊びは遊びでも、ゲイじゃないというだけで妙に緊張しながら、野村の出方をじっと窺う。
「キスはあり?」
そう言って濡れた髪の毛を耳にかけられ、耳元で囁かれた。
吐息が湿っていて、先ほどよりも幾分トーンを低くした声は女の喘ぎ声が響く中でも妙にはっきりと聞こえた。
野村を見つめると、野村も緊張しているのか……表情が強張っている。
その表情を見ていると、肩の力がふっと抜けた。
野村の問いには答えずに、俺は自分から野村の唇に唇を合わせる。
しっとりと濡れた唇を離すと、至近距離で視線が絡んだ。
お互い照れくささもあって軽く笑いながら、もう一度唇を重ねる。
啄むようなキスを重ねながら、これから始まる甘い疼きに期待を込めて野村の背中に手を伸ばした。
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