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第21話

やけに疲れるセックスを終えて家に着くと、10時を少しまわっていた。 いつもの夜遊びから帰るよりも大分早く、いつもは消えているリビングの明かりもまだ点いていて、テレビの音が廊下まで漏れていた。 セックスを終えてさっさと家を出たのは、妙な気まずさがあったから。 男が初めてだということもあり、野村の絡みつくような目つきがどうも居心地悪く。 子供が新しいおもちゃに喰いついたかのようなそのしつこさが、煩わしかった。 久しぶりに騎乗位で頑張ったせいか、腕はぷるぷるで力が入らないし、奥まで突っ込まれた孔奥は歩くだけでやけに響く。 明日は絶対死んでるという嫌な予感を残しながら、親に小言を言われないよう忍び足で廊下を進む。 家に帰るなりそのまま風呂場に直行して鏡を見ると、キスマークがくっきりと首筋に残っていて舌打ちをする。 ちょっとした刺激欲しさと気分転換のつもりだったのに、こんなに疲れるとは思わなかった。 ヘテロ相手のセックスは初めてで、いつもはそれなりに楽しめているセックスも、伸びきったパスタのように味気ないものだった。 ――こんなことなら、一人で自慰してたほうがましだったかも……。 そんなことを思いながらTシャツを脱ぐと、胸元にも鬱血した痕が散らばっている。 遊び相手にここまで痕跡を残されると、まるで自分のモノだと主張されているようで、どう反応していいのか戸惑う。 ――もうあいつとは絶対しない。 その決意を新たに浴室に入ると、直前に陽菜季が入ったのか…… 開けた瞬間、独特な甘いシャンプーの香りが鼻につく。 仕方なく窓を開けて匂いを逃がし、熱い風呂に鼻の下まで浸かると、どっと疲れが溢れてきた。 こきこきと肩を回しながら寛いでいると、ふと陽菜季のシャンプーが目にとまる。 いつもなら、絶対に使おうとは思わない。 陽菜季だって俺に使われたと知ったら、怒るのは分かっている。 今までは個を主張するばかりで、兄弟仲は子供の頃からすこぶる悪い。 そのお陰で思春期を迎えてからは、まともに話す機会は極めて少ない。 それなのに、砂羽が陽菜季を選ぶんだと思うと…… 今まで苦手だった陽菜季の使ったものが、途端によく思えてくる。 こんなことで砂羽が振り向いてくれるとはまったく思えないが、湯船を出ると陽菜季のシャンプーに手を伸ばしていた。 *** 「ヒナ、おはよ。」 その声に振り返ると、砂羽が爽やかな笑顔で俺の前に現れた。 1限目のこの時間に、砂羽が遅刻することなく来ることすら珍しい。 俺の顔色を見て、砂羽の表情が急に曇る。 「昨日、大丈夫だった?」 「何が?」 「何がって……。」 急に口ごもる砂羽を見つめながら、昨晩の野村とのセックスをぼんやりと思い出す。 何が大丈夫なのかとまだ寝ぼけた頭を回転させると、砂羽が野村の性癖について疑問を抱いている話をしていたことを思い出した。 「喋りやすいし、いい奴だったよ。」 とっさにそう取り繕いながらも、奥までガツガツ突っ込まれたせいで腰は重いし、ゴムをしてなかったせいで腹は痛いし……。 体調としては最悪だった。 「口軽いし、どうせ俺のこと変な風に言ってたろ?」 野村が言っていたサークルでの話でもしようかと口を開くと、背中に重みを感じて思わずその場にしゃがみ込んだ。 「日向ちゃん、おっはよー。」 「……野村。」 悪びれる様子もなく、満面の笑みで俺を見下ろす野村に殺意を覚える。 歩くだけできついというのに、さらに体重をかけられて腰を庇いながら立ち上がろうとすると…… 砂羽が手を差し伸べてくれた。 「大丈夫?」 「……ありがと。」 久しぶりに握った手のひらは俺よりも一回り大きくて、暖かい体温がじんと伝わってきて頬が火照る。 俺よりも力強く握り返すと、そのままぐいっと引き起こしてくれた。 その手はすぐに離されてしまったが、ぽかぽかとした温かさは心に残った。 「体調悪いんだから気をつけろよ。」 そう言って砂羽が野村を睨むと、俺と砂羽の間に野村が割って入ってきた。 「え!大丈夫?」 「ちょっと、寝不足なだけ。」 俺がそう言うと、野村が耳もとで囁いてきた。 「もしかして、昨日のせい?」 その質問には答えず、ため息だけを返して無言で校舎へと歩きはじめる。 しかし、野村は俺の心情などおかまいなしに、ひっきりなしに質問をなげてくる。 「日向ちゃん、今日は暇?」 「……もうすぐテストじゃん。」 「え?勉強すんの?」 「まあ、それなりに。」 「成績いいんだろ?片岡から聞いたけど、特待生なんだってな。俺にも勉強教えて?」 「……やだ。」 ――うぜえ……。 絶対に折れない野村を相手にしているのは本当に面倒で、言葉の代わりに冷たい視線をなげつけると、何を勘違いしたのか俺の腰に腕を回す。 ため息をつきながら野村の手を振りほどいて、逆に野村の腕を掴む。 「砂羽、先行ってて。」 「え?」 「席、とっといてほしいんだけど。」 「それはいいけど。」 そう言いながらも、俺と野村を交互に見つめている。 その視線には答えずに、野村の腕を引っ張ってまっすぐにトイレへと向かう。 個室にも誰もいないことを確認してから、野村をまっすぐ見上げて口を開いた。 「ああいうのは困るんだけど……。」 「ああいうの?」 「気安く触ったりとか。」 「なんで?」 心底不思議そうに俺を見つめる野村には、察するということが出来ないらしい。 「変な目で見られたら困る。」 「なんか冷たくない?昨日セックスしたばっかなのに。」 そう言うと、急に間合いを詰められて唇を奪われた。 「だーから、そーゆーの困るんだって。」 「感じちゃうから?」 冗談だったら愛想笑いくらいしてやってもいいが、野村の真剣な瞳にため息しか出ない。 その言葉に脱力して、言い返す気力もなく手短に告げる。 「もう、お前とセックスする気ないから。」 「え?なんで?」 「なんでも。」 「よくなかった?俺、すげえ気持ちよかったんだけど……。」 「……へえ。」 「むしろ、女の子とするよりよかったかも……。」 それはきっと、俺が男だから……。 相手に気負いすることなく、ただの遊び相手として興味のない対象とセックスする程楽なものはない。 対象外だからこそ、楽にできる。 自分がいつもそうだから、野村の気持ちはよく分かった。 初めておもちゃを与えられた子供は、その喜びをなかなか忘れられない。 野村もきっと同じようなもので、新しいおもちゃを新鮮に感じているだけ。 だけど、何度もしつこく誘われて、砂羽の耳に入るのだけは阻止したい。 ――今のうちにはっきりさせたほうがいいよな……。 妙な期待を与えても、お互いのためにはならない。 俺がダメならきっと他を探す。 その程度の代替がきく関係だから、俺も後腐れなくセックスできたのだから。 「どっちかに彼女出来るまででいいからさ?」 そう言って笑いながら頬を撫でられ、唇をなぞられる。 「初めてじゃなかったんだろ?今度は、この綺麗な顔で銜えてるとこ見たい。」 俺の顎を掴まれ無理やり口を開けさせると、唇をなぞっていた指が口内をかきまぜる。 舌の上をなぞる指の感触に、ぞわっと背中がむず痒くなる。 俺のことをじっと見つめる視線を無言で見つめ返し、その指腹をぺろりと舐める。 野村の目を見つめながら指の根元までを丹念にしゃぶってやると、にやりと笑う口元を見つめながら…… 思い切り歯を立てた。 「いっ!」 顔をしかめて手を引っ込める野村を見下ろして、野村のモノをズボン越しになぞる。 すっかり萎えたそこを何度も擦ってから、少し頭をもたげた性器をファスナーを下ろして取り出すと…… 野村が驚いた表情で俺を見つめている。 「今度同じこと言うなら、コレも同じようにしてやるから。」 引き攣った顔の野村を残してトイレを出ると、すぐ傍に砂羽がいた。 驚いて後ずさると、砂羽が俺の腕を引く。 「さ、砂羽……?どしたの?」 心配そうな顔で見つめる砂羽を見て、どうやら先ほどの会話は聞かれていないことが分かり、少しだけ安堵した。 「ホントに大丈夫?」 「……ただの寝不足だし。」 そう言うと、砂羽の目つきが尖る。 「野村に……何かされたんじゃないのか?」 そう言いながら腕を掴まれ、腰を曲げて顔を覗かれる。 腕を握られているせいで逃げるわけにもいかず、砂羽を見上げると……辛そうな顔で俺を見つめていた。 むしろ、俺が何かしたとは言えず、昨日の野村とのことなど絶対に言えるわけもない。 「別に。予鈴鳴ってるし、行こうぜ。」 「え、野村は?」 「腹痛で欠席だって。」 砂羽はトイレの中を気にしたようだが、結局は俺につられてゆっくりと歩き出した。

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