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第24話
バイトを終えて家に帰ると、既に時刻は1時をまわっていた。
冴木さんの言葉を反芻させながらの閉店作業で、いつもよりも長くなってしまったが……
特に家路を急ぐ用事もなく、のんびりとした足取りで見慣れた道を進んでいく。
まだまだ元気な蝉の声を聞きながら角を曲がったところで、人影が目に入る。
しかも、俺の家の塀を背中につけてしゃがんでいる姿に一瞬怯んだが、街頭に照らされた横顔を見てさらに驚いた。
ゆっくりとした足取りで近づくと、砂羽がすっと腰を上げる。
「……砂羽、何してんの?」
砂羽は俺を見つめたが、その顔にいつもの柔和な笑みは消えている。
飲み会だと聞いていたから、たまたま時間が重なっただけかとも思ったが、砂羽の服からは酒の匂いはほとんどしない。
酔っ払って寝てしまっていたとは到底思えず、胸が騒ぐ。
「遅かったな。」
「バイト、だったから。」
「こんな時間まで?」
「一応、酒も出してるから……。」
俺がそう言うと、訝し気な目で見つめながらも、渋々といった感じで頷いた。
「これから、時間ある?」
「え?これから?もう遅いけど……。」
時刻は既に1時を過ぎているし、今は砂羽と話したい気分でもない。
気乗りしないなぁと思いながら砂羽の顔を見上げると、怖いくらいの瞳で俺を睨んでいるのに気が付いた。
――俺……なんか、したっけ?
明らかに怒っているように見えるが、その原因が見当たらない。
最近会話もなるべく避けているから、機嫌を損ねさせることもなかったはずだ。
そもそも、砂羽に怒られたことなんか一度もない。
いつだって笑っていて、いつだって優しく接してくれたあの砂羽が怒ってる姿なんて、見たこともない。
いつもの柔和な笑顔を削ぎ落すと、こんなにもきつい表情にみえるのかと新鮮に思いながらも、その怒気をはらんだ姿すら綺麗だなと思い見惚れてしまう。
「もう、夏休みだし……問題ないだろ?」
「まあ、いいけど……。」
砂羽に促されて砂羽の家に上がると、玄関の電気すらついてないそこはしんと静まり返っている。
時間も時間だからそっと上がり込んだ俺とは異なり、砂羽はがしゃんと勢いよく音をたてて扉を閉めて、しっかりと施錠する。
砂羽の家に上がるのは随分と久しぶりで、砂羽への感情をはっきりと自覚してからは踏み込むことを避けてきた。
もともと留守が多い砂羽の家に上がることは子供の頃もまれで、いつも俺の家で遊んでいたからあまり不自然さは与えなかったはず。
2階の砂羽の部屋に直行するかと思いきや、砂羽はそのままリビングへと向かっていく。
「ええと、おばさんは?」
「うちの両親、今日から旅行で留守なんだ。」
「……へえ。」
ここに2人きりだと思うと、妙な汗が背中を流れる。
なるべく意識しないよう砂羽から視線をそらすと、どっかりとソファに腰を下ろした砂羽に促されて、俺も砂羽の向かいに腰を落ち着けた。
なんだか嫌な予感がして、今すぐにでも逃げ出したい衝動をなんとか抑えながら、砂羽の言葉を静かに待つ。
蝉の声すら届かないここは隔離されたように静まり返っていて、その静けさのせいか心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「ヒナに聞きたいことがあって。」
いつもよりも声が低い。
柔らかな甘みを滲ませた声色ではなく、妙に事務的な態度に心臓がぎゅっと狭まった。
「今日、野村と飲んだ時に……聞いた。」
「え?」
野村という名前に、大きく心臓が跳ねた。
「なんで、言わなかったんだよ。」
「な、に……が?」
何をどこまで聞いたのか確信がもてなくて、砂羽の出方を無言で窺っていると……
砂羽が大きく息をついた。
その覚悟を決めたかのような態度に、俺の表情は一気に強張る。
顔色を窺うことすら出来なくて、握った拳から汗がじわりじわりと噴き出してくる。
「なんで、野村とセックスなんてしてんだ?」
――あいつ、言わないって言ったくせに……っ!!!
野村に頭の中で悪態をつきながらも、目の前が真っ白に染まる感覚に頭がうまくまわらない。
なんて言い訳すればいいのか分からずに、金魚のようにあぐあぐと口を開きながらも……うまく言葉が出てこない。
どれだけ時間をかけようが、砂羽は俺の言葉を待つ気満々で、一言も口にすることはない。
視線が痛いくらいに肌に刺さって、顔を上げなくても砂羽がどんな表情で俺を見つめているのかが嫌でも分かる。
「え、あ……酔った勢いっていうか。」
「酔った勢いで野村とそういうこと出来んの?」
「……。」
時間をかけた言い訳は砂羽にはまったく届くこともなく、俺は再び口をつぐんだ。
俺の口元から喋らないことを察したのか、砂羽が前のめりに座りなおし、がしがしと髪をまぜる。
「ってゆーか、なんでのこのこついてくかな……。」
「のこのこって……。」
「誘われた時点で、普通さっさと帰んだろ?」
「普通」という言葉にひどく傷ついて、相葉に中学時代に言われた言葉が脳内に響いている。
あの時は聞き流すことも出来ず、心臓の奥の奥まで言葉が沁みていた。
その相葉の声は、耳障りなほど今でも耳の中に残っていて。
相葉の言葉が砂羽の声に重なった気がして、奥歯を噛んで覚悟を決める。
バレてしまったら、もう誤魔化すことは出来ない。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
すると、先ほどまで凍り付いていた思考がようやく溶け始めた。
「別に、大したことじゃない。」
俺がそう言うと、砂羽の目じりが吊り上がるのが分かったが、もう引き返すことは出来ない。
「男同士なんて、相互オナニーみたいなもんだし……。お互い気持ちよかったら別にいいじゃん?どうせ遊びなんだし。」
「って、野村に言われたのか?」
「言ったのは野村だけど、同意したのは俺だ。」
「それで、本当についてったの?ヒナってそんなに馬鹿だったっけ?」
砂羽は勢いよく立ち上がると、俺の前まで大股で歩き、俺のシャツの襟首を思い切り引き上げた。
特に抵抗する気もなく、されるがまま砂羽を見上げる。
砂羽の瞳には怒気の中に悲しみが滲んでいて、もっと呆れた顔で見下ろされていると思ったから……
こころが痛んだ。
――完璧、嫌われた。
そう思うと、砂羽の顔を直視することが出来ない。
「野村にキスマークばっちりつけられて、2人で楽しくセックスしてたっていうのか?」
首筋を指腹で押され、一瞬息が止まる。
「ぐっ……!」
「ホント、意味分かんないんだけど……。」
そう呟きながら、腕を思い切り掴まれた。
二の腕に爪痕が残るほど握られ、ぎりぎりと締められると……手先に力が入らなくなってくる。
「砂羽!腕、痛……いっ!!」
俺が慌ててそう叫ぶと、砂羽はすぐに離してくれた。
しかし、バスケットボールを簡単に鷲掴みできるほどの砂羽の握力で握られた俺の腕には、くっきりと指のカタチの青痣が浮かんでいる。
「野村と飲んだ次の日、ヒナが辛そうにしてて……心配してた俺がバカみたいじゃん。」
「砂……羽?」
今にも泣きだしそうな砂羽の声に顔を上げると、苦し気な表情で俺を見つめていた。
こんな状況でも嬉しくて、頬が緩む。
――心配、してくれてたんだ。
「ごめん。」
素直に一言そう呟くと、砂羽が顔をくしゃっと歪める。
柔らかな髪を耳に掛けると、目を伏せていた砂羽がゆっくりと顔を上げた。
「砂羽、ごめんな。」
今度は砂羽の目をしっかりと見て、謝罪した。
至近距離で視線が絡み、吐息が唇に触れる。
その時、中学時代の教室でのキスを思い出した。
あの時感じた寂しさと戸惑いと甘いざわめきを思い出し、しばらくぼんやりしていると……
唇にふわりと柔らかい何かが当たった。
「え……何、してんの?」
「何って、キスにきまってんだろ。」
当然のようにそう言われ、今度は素早く唇を奪われる。
「いやいやいやいや、そういうことじゃなくて……。」
――なんで?こんな状況?
先ほどまで説教されていたはずなのに、今は砂羽に頬を包まれながら好き勝手に唇を貪られている。
瞳を閉じるのも忘れ、綺麗なまつげが震えているのを間近で見つめていると……砂羽がうっすらと瞳を開ける。
キスをされたまま視線が絡み、羞恥で首の辺りからぶわりと熱が放たれた。
「もっと、舌だして。」
唇に触れたままそう言われ、おずおずと舌先を差し出すと……
その舌を砂羽が絡めとり、きつく吸われる。
「え?あ……っんむ!」
なにがなんだか分からないまま舌を吸われ、逃げようと身動ぎすると腰に体重をくわえられる。
長い腕が背中に回され、檻のように俺を捉えると……
もう逃げ場はないと言われているようで、心が震えた。
「え、あ、ちょ……砂羽!?」
どんどんと砂羽の背中を叩いてから、ちょっと落ち着こうと砂羽のシャツを引っ張ると……
砂羽が体重をかけて圧し掛かってくる。
隙間なく身体が重なっているせいで、薄い生地からはぷっくりと浮き出た乳首が透けて見えている。
それに気付いた砂羽にシャツの上から虐めれて思わず腰が浮くと、下半身が擦れて泣きそうになった。
「んん、あ……あぁっ!」
硬いジーパンの中では既に窮屈で、さっさと脱いでしまいたいのに、砂羽の前でそんなはしたないことは出来ない。
羞恥と快感とわずかな理性との狭間で揺れながら、砂羽に与えられる刺激に必死で耐える。
既にシャツは首元までたくしあげられ、濡れた舌先で尖った乳首を潰される。
痛烈なまでの鋭い感覚に瞼がじんと痺れて、視界は瞬きするたびに潤んで揺れた。
砂羽の柔らかな髪を握りながら必死に快楽の波に耐えていると、腰をするりと撫でられたせいで後孔がきゅっと締まる。
俺の股間を砂羽の太ももが擦れると、イきたいという欲望で頭がぱんぱんになった。
「あっ!当た、って……んんっ!」
何度も太ももで擦られ、それでもイけない苦しさに喘ぎながら、砂羽の広い背中に腕を伸ばす。
もう、どうにでもなれという気持ちで砂羽の太ももに自ら腰を揺らして擦り付けていると、ようやくベルトに手をかけてくれた。
前を綻ばせ、一気に膝下まで下げられると……
痛いくらいに勃ちあがった性器が飛び出してきた。
それをまじまじと直視され、恥ずかしくて死にそうになりながらも、目をきつく瞑ったまま早くしてくれと何度も願う。
「もう、勃ってる。」
わざわざ言葉で指摘されただけで、ぶるりと性器が揺れた。
間近で見つめられているのに一向に触ろうとはしない砂羽に、期待に震えた性器からは先走りの愛液がとろりと溢れる。
もう我慢できずに下半身に手を伸ばそうとすると、砂羽がぽつりとつぶやいた。
「野村が言ってた通りだ。」
「え?」
「ヒナが……男と遊んでるって。野村が初めてじゃなかったんだろ?だから、簡単についてったんだろ?」
砂羽が苦しそうに告げるのを、どこか遠くに感じていた。
「そういえば相葉も言ってたな。知らなかったのって俺だけ?付き合い長いと思ってたのに……。」
そう悲しそうに言いながら、ようやく俺のモノを渇いた手のひらでやわやわと握り込んだ。
散々焦らされたおかげで、そのわずかな刺激だけで思い切り仰け反りながらドクンと白濁が飛び散る。
砂羽の手がどろりと汚れているのをただ見つめながら、肩で大きく息を吸い込む。
身体は熱でうなされているのに、心はしんしんと冷えている。
――全部、砂羽にバレちゃった。
その事実がようやく心にすとんと落ちてきて、どんな顔をしていいのかも分からない。
全身の血液が一気に駆け巡り、心臓が激しくなっている。
イったばかりのそこを砂羽は優しく包み込むと、すぐに硬度を取り戻す正直すぎる自分の身体が恨めしく思った。
あまりにもよすぎて意識が飛びそうになりながら、みっともない顔は見せたくなくて砂羽の胸板に顔を埋める。
「野村でいいなら、俺でもいいんだろ?こんなのただの遊びなんだから。」
そう冷めた声で言われて、身体が強張る。
砂羽は何も言わずに俺の足首を掴んで大きく股を開かせると、溢れた精液がつーっと後孔まで流れていく。
それを何度も後孔に擦り付けながら、ぷつりと指先がナカに侵入してきた。
強張った身体のせいでナカはひどく窮屈で、ローションがないせいか湿り気が足りない。
その状況に苛立った様子の砂羽が俺の股間に顔を埋めて、舌先でそこを解し始めた。
それに気が付いて脚を閉じようと身体をねじると、体重で抑えこまれてさらに奥までぬるりとした感触が届く。
「あ、や……っだ。砂羽!舐め、ちゃ……や!あ、あん!」
俺の声なんかまったく聞く耳をもたず、ぴちゃぴちゃとした水音と甘い嬌声だけが室内に響く。
羞恥と混乱であぐあぐと泣いていると、砂羽がようやく後孔から顔をあげて
すっかり萎えた俺のモノを追い詰めるような手つきで動きを速め、それに合わせてナカをかきまぜる指を増やす。
唾液のお陰ですっかり緩んだそこは、砂羽の指を美味しそうに銜えこみ、ぎゅうぎゅうと肉壁で締め付ける。
その様子に、砂羽がようやく自分のベルトに手をかけた。
一度も触れていないそこに不安を感じたが……しっかりと屹立した性器が見えて、興奮してくれていることにひどく安堵した。
興奮しているのは自分だけではないと思うと、今までの恥ずかしかったこと全て吹き飛んでしまうほどの嬉しさで、心が満たされる。
遊びだと言われようが、感情が高ぶっての勢いだろうが、抱いてくれるなら理由はなんでも構わない。
何度も何度も砂羽との関係を願いながらも、やっぱり無理だと諦めていたのだから……。
砂羽に嫌われると思うと心がひどく痛んだが、それでもこの状況は俺にとって
人生で一番の幸せだった。
もう二度と、以前のように笑いかけてくれることはないかもしれない。
もう二度と、親し気に話しかけてくれることはないかもしれない。
それでも、今はこうして俺を見つめてくれている。
それがとてつもなく嬉しくて、泣きそうになった。
その幸せを全身で味わいながら、記憶に刻み込もうと砂羽の顔を見上げる。
ゆっくりと腰をすすめていく姿を見つめていると、砂羽と視線が重なった。
流石に気まずくて視線をそらすと、顎を掴まれて視線を合わせられる。
視線をそらすことが許されないまま唇を重ねられ
切羽詰まった声で、何度も何度も名前を呼ばれた。
ナカを掻き混ぜるように腰を揺さぶされ、ぎゅっと砂羽のモノを銜えこみながら……
本日2度目の射精を砂羽の腹にぶちまける。
イったのに落ち着くことなく腰を何度も打ちつけられて、身体が大きく揺さぶられる。
律動を重ねるごとに砂羽の息も荒くなり、身体を大きく仰け反りながら、砂羽の背中に爪をたてた。
「ヒナ、締めすぎ。」
軽く笑いながら宥められ、汗と涙でべっとりとはりついた髪を優しく撫でられる。
そんな気遣いが嬉しくて、さらに泣きそうになりながらも、眩しいものを見るように目を細める砂羽に愛おしさが募った。
いつもと少し異なる砂羽の顔つきが、格段にかっこよく見えて。
――キスしたい。
その衝動のまま砂羽の首に腕を回し、自分から唇を重ねる。
あの時はわずかな時間しか感じられなかったが……今は砂羽の体温や感触、そして全身から立ち昇る甘い香りまで感じられて、くらくらする。
「だって、気持ちい……もん。」
俺がそう言うと、砂羽のモノが一回り大きくなった気がする。
悔しそうに顔を歪めると、俺の頬に汗を垂らしながら突き上げてきた。
「あ、砂羽!おっき……ん!ああっ!!」
激しく突かれ、腹の中を掻き混ぜる熱に頭が沸騰しそうだ。
眩暈にも似た感覚のなか、卑猥な水音と自分の泣き声のような嬌声……
そして、砂羽の乱れた息遣いで、胸いっぱいに何かが溢れている。
一際激しく突き上げられ、甘い痺れに爪の先まで痙攣し
ナカが大きくうねる様に収縮すると、砂羽がきつく目を閉じながら弾けた。
その瞬間、俺の意識は途絶えた。
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