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第25話
喉が張り付くような渇きを覚え、ゆっくりと目を開ける。
すると、見慣れた天井ではなく、薄茶色の天井がぼんやりと見えて、瞬きを繰り返す。
――昨日、どこに泊まったっけ?
でも、そんなことを一々考えるのも面倒で、もう一度寝なおそうと寝返りを打つ。
すると、目の前に逞しい胸板が飛び込んできた。
その胸板を手で触れると、ドクンドクンと規則正しい音が響いてる。
心音が妙に心地よくて、その胸にすりすりと甘えるように顔を埋めると、なんだか幸せな気持ちになる。
寝て起きると相手はもういないなんてことが日常茶飯事なせいか、朝まで一緒に過ごせたことを嬉しく思いながら、顔を上げて固まった。
砂羽の顔を見た瞬間、昨晩のいろいろなことがフラッシュバックされて、思わず頬が紅く染まる。
しかも、自分が枕代わりにつかっていたのは砂羽の二の腕で、俺の腰はしっかりと砂羽の腕にホールドされている。
そのことに気が付いてさらに赤面しながらも、にやける口元は隠し切れない。
心を必死に落ち着けながら砂羽の顔を見上げると、ざらりとした顎髭が目に入って、なんだか新鮮な気持ちになる。
それをするりと撫でると、砂羽が吐息を交えながら身動ぎした。
――やべ……。
そう思い息をするのも忘れて固まると、砂羽はむにゃむにゃと寝言を話す。
しかし、砂羽の瞼はしっかりと閉じたまま、俺の身体を抱き枕のように抱えなおして、また寝息をたて始めた。
昨日の今日でどんな顔をしたらいいのか分からないから、寝てくれているのはありがたいけれど……
砂羽に両脚を挟み込まれたせいで、砂羽の中心が俺の腰に密着している。
しかも、肢体の中心が朝の生理現象で尖っているのに気が付くと、先ほどの甘い気持ちは吹き飛んでその熱が俺に移る。
腰にじんと痺れるような甘い疼きを思い出し、昨晩の行為のせいで濡れたそこがじわりと緩む。
このままではおさまりがつきそうにもなく、さっさと処理をしようとゆっくりと腰を離すと……砂羽がゆっくりと目を開けた。
やばいと慌てて腰を引くと、その拍子に砂羽の腹に自分のモノがするりと擦れて、油断していた刺激に腰が揺れる。
「あ……んんっ!!」
思わず短い喘ぎ声を上げると、砂羽が驚いた表情で俺を見つめている。
――恥ずかしくて、死ぬ……。
茶味がかった澄んだ瞳でじっと見つめられて、自分の痴態に泣きたくなる。
その瞳から逃げるようにくるりと背を向けると、砂羽に背中から抱きしめられた。
「どこ行くの?」
掠れた声が妙に甘ったるく、吐息が耳をくすぐらせる。
そのせいで先ほどよりも尖った自分の性器を隠すように、前のめりになりながらも必死に声をあげた。
「あ、ええと……シャワー!シャワー浴びてくる!!」
そう宣言して起き上がると、内股をするりと撫でられた。
びくんと肩を震わせると、砂羽がくすくす笑う声がして振り返る。
「俺で遊んでんじゃねえよ。」
砂羽のことを見下ろすと、ふわりと微笑まれながら腕を引っ張られて砂羽の上に転がった。
俺が体重をかけても気にした様子はなく、俺の髪をすきながら甘い声で尋ねてきた。
「昨日のじゃ足りなかった?」
優しい笑みで見つめられ、昨晩の砂羽の腰の振り方とか息づかいとか、そういうのが全て鮮明に思い出される。
挿入された時の息苦しさまで思い出しながらシーツを握ると、その手にそっと砂羽の手が添えられる。
「そ……ういうんじゃないけど。」
「けど?」
「砂羽の……勃ってたし。」
ぼそぼそとそう白状すると、砂羽が思い切り噴き出した。
「で、朝から興奮しちゃった?」
そう言ってシーツをぺらりと捲られて、自分の勃ち上がった性器が顔を出す。
それをシーツを手繰り寄せて隠しながら、砂羽を睨む。
「見んなよ……。」
「昨日散々見ただろ?」
何を今更とそう言われてしまえば、後孔までしっかり舐められてしまったことを思い出し、顔が熱くなった。
ああいう雰囲気で見せることと、こんな朝っぱらから凝視されるのじゃ恥じらいの度合いがまったく異なる。
砂羽は恥ずかしいなんて気持ちは特にないのか、裸のまま起き上がると大きく伸びをしながら俺を見つめている。
サークルとはいえ、俺と違って身体を動かしているだけあって、砂羽の身体は綺麗に引き締まっている。
その姿を目の当たりにして、どこを見ていいのかも分からずに、俺は視線を彷徨わせた。
昨日は俺だけ裸にされていたが、砂羽は露骨な部分しか晒していない。
久しぶりに見た親友の裸体に戸惑いながら、もごもごと口ごもりながら質問に答える。
「昨日のは……よく覚えてない。」
あまりにも突然の行為だったから、身体も頭も混乱したまま一気に頂点に上り詰めたせいで、知恵熱が出そうだった。
砂羽の昨日の怒りは消えたのか、涼しい顔でいつものように笑っているのを見て、なんだか肩透かしをくらった気分。
絶対嫌われて軽蔑されると覚悟していたのに、いつもと同じように微笑む砂羽に違和感すら感じた。
「じゃあ、思い出すためにもう一回しよっか?」
「え?」
その言葉に期待と戸惑いで目を泳がせていると、砂羽がまたけらけらと笑い始めた。
「今日はやめとこ。喉、痛いだろ?」
俺の掠れた声を気にしてくれたことが嬉しくて、しばらく呆けていたが……
砂羽の言葉に引っかかった。
――今日は……ってことは、今度があるのか?
含みを感じたその言葉に、甘い期待で心が弾む。
何も言わずに黙っている俺に、砂羽が心配そうに額をこつんとぶつけてきた。
「具合、悪い?」
「え、いや……平気。」
「熱、ちょっとあるかも……。」
それは砂羽のせいだと反論しようと思ったが、墓穴を掘りそうなので口を閉ざす。
「立てる?」
「……うん。」
砂羽に促されてベッドから起きると、身体が思いのほかさっぱりしていることに気が付いた。
昨日リビングでしてから記憶がないから、2階の砂羽の部屋まで運んでくれたのも綺麗にしてくれたのも、もちろん砂羽のわけで……。
後始末までさせてしまったと焦りながら、砂羽の裸体を後ろから見つめていると、その美しさにぞくりと鳥肌がたった。
その腕をさすって宥めていると、砂羽に握られた痣が昨日より濃くなっているのを見てぎょっとする。
俺が固まっているのを見て、砂羽が俺に近づくと……辛そうな目で俺の二の腕を見つめている。
それを背中に隠しながら笑顔を向けると、砂羽は悲し気な表情のまま微笑んだ。
「ごめん。」
「え?」
「加減、出来なくて……。」
昨日のセックスは苛立ちという烈情に任せた行為の延長戦にあって、砂羽が我を忘れるまで心配してくれた結果のようにも思えた。
だからこの痣も抱かれた証のように思えて、それをさすりながら砂羽を見上げる。
「見た目よりも平気だから、大丈夫。俺、結構丈夫だし。」
そう言って笑うと、砂羽が複雑な表情を浮かべた。
「でも、それ以外は謝らないから……。」
「え?」
「ヒナにしたこと、悪いと思ってない。」
そうきっぱりと断言された。
結局は和姦だったし、問題ないだろうと言われればそれまでで、先ほどまでの甘い空気がすっと冷える。
「……うん。」
それに頷きながらも、先ほどまで主張したモノはすっかり大人しくしている。
俺だって、砂羽にしてほしいと願っていたのだから……謝ってほしいなんて望んでいない。
むしろ、自分が望んだ結果が具現化されて喜んでいいはずなのに、心はなぜか萎んでいた。
「やっぱり、誰彼構わずっていうのは……よくないと思う。」
「……うん。」
「ヒナにちゃんと本命が出来るまで、俺が相手しよっか?」
「うん……って、え?」
ぼんやりと砂羽の話を聞いていたが、その申し出に思わず顔を上げる。
砂羽の目は冷ややかで、寂しくて……
ここまでバレてしまったなら、本当は好きだと言いたいのに、これ以上こんな顔をさせたくない。
「誰でもいいんだろ?」
そんな風に冷ややかに言われたら、どう返していいのか分からない。
本当は誰でもいいなんて……思ってない。
今までの相手は砂羽の身代わりで、砂羽がこっちを見てくれないから代わりになる相手を探していただけだ。
砂羽がいい。
砂羽しか欲しくない。
そう言いたかったのに、喉までその言葉が出ていたのに……
言葉が喉に張り付いて出てこない。
今更そう言い訳したところで野村と寝たのは事実で、今までの自分の行為は誰でもいいと言われても反論できない。
ゲイだということはバレたのに、今までよりも砂羽が遠くなった気がした。
「……分かった。」
結局、その言葉しか伝えられなかった。
「したくなったら連絡して。うち、昼間基本俺しかいないし。」
「うん。」
下着とシャツを羽織った砂羽にペットボトルを手渡され、それを受け取って乾いた喉を潤した。
いくら飲んでも満たされることない心は砂漠のように干からびていて、喉の奥に詰まった言葉は胃の中に流れていった。
「シャワー浴びてく?」
「いや、いいや。近いし……うち帰る。」
くしゃくしゃになったシャツに袖を通し、ベルトを通すと頭が少し動き始めた。
こんなところで泣いてたら、砂羽に迷惑がかかる。
俯きがちにそう言うと、砂羽がベッドにすとんと腰を下ろした。
「……そっか。」
「じゃあ、ごめん。」
何に対する謝罪なのか自分でも分からぬまま、久しぶりの砂羽の家を出ると……
眩しいくらいの朝日に照らされ、無性に泣きたくなった。
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